le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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モーツァルトとブラームスの親近性

モーツァルトとベートーヴェン、モーツァルトとシューベルト、モーツァルトの音楽は後世の様々な音楽家の作品と比較可能だと思うが、私自身は、1月28日付けの記事にも書いたように、今、モーツァルトの音楽とブラームスの音楽の親近性を強く感じて、代わる代わる聴いている。
もちろん、モーツァルトの音楽の明るく澄み切った響きとブラームスの音楽の重厚な響きをそれだけとらえれば、天と地ほども違うのだが、この二人に関して私が似ていると思うのは、音楽との向き合い方だ。というのは、どちらも、音楽はとある意味や作曲家の心性・心情を伝えるものではなく、純粋な表現(形式)のもたらす喜悦だと思っていたのではないだろうか(この辺はおそらくバッハも同じ)。あるいは、音楽のもつ規則性、一種の数学性に対する信仰といってもいい。その点、ベートーヴェンはちょっと違う。純粋な形式美だけではなくて、明らかにそれとは異なるなにものかをも求めている。
ブラームスの作品、たとえば交響曲、通常の音楽史ではベートーヴェンを発展させたものということになっているわけで、響きの問題としてはそれでいいのだが、ブラームスが作品をとおして追求したのは、意味性や心性の表現、さらにいえば感情表現といったものではなくて、形式のもつ美だったのではないだろうか。だから、ブラームスには明確にバッハやハイドンを意識した作品がある(例:「ハイドンの主題による変奏曲」、第四交響曲第4楽章のパッサカリア)。
要するに、ブラームスは、交響曲というジャンルをオーケストラのためのディヴェルティメント(嬉遊曲)としてとらえていたのではないかと思うのだが、そのとらえ方は、モーツァルトと完全に同じではないだろうか。
だから、モーツァルトやブラームスの演奏は、感情移入だけでは片づかない。
ちなみに、私がもっているクラリネット五重奏曲のCD(アマデウス四重奏団の演奏)は、モーツァルトのクラリネット五重奏曲とブラームスのクラリネット五重奏曲が一緒にはいっていて、私のような聴き方をする者には非常に便利だ。考えてみると、クラリネット五重奏曲というのはクラシック音楽のなかでもかなりレアな曲種で、この曲種で成功したのはモーツァルトとブラームスぐらいではないか。そんなところにも、モーツァルトとブラームスの意外な近さはあらわれているように思う。
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テーマ:クラシック音楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/01/30(月) 15:26:38|
  2. クラシック音楽
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ブルーノ・ワルターのモーツァルト演奏に思う

昨日はモーツァルト生誕250周年の記念日だったとか。それにあやかったわけではないが、このところモーツァルト(とブラームス)ばかり聴いている。
1月8日の記事にも書いたが、私がモーツァルトの音楽をじっくり聴きだしたのは、ブルーノ・ワルターが指揮するニューヨーク・フィルの演奏(1950年代のモノラル録音)による。その後、私の嗜好はオットー・クレンペラーに移り、ブルーノ・ワルターの演奏は長い間聴いていなかった。
ところでここにきて、私が集中的に聴いているのは、ブルーノ・ワルター晩年のステレオ録音の演奏(オーケストラはブルーノ・ワルターの録音用に特別編成されたコロンビア交響楽団)。実はブルーノ・ワルターのステレオ録音は、私にとって初体験となるのだが、これが予想外にいい演奏でとても驚いている。
ブルーノ・ワルターのステレオ録音のモーツァルトのすばらしい点は、ひとつひとつの音の輪郭が非常に明確であるということ。私のイメージのなかでは、ブルーノ・ワルターは音のつぶだちにはさほどこだわらず、曲全体を雰囲気で大きくまとめる古いタイプの指揮者という感じがあったので、このことは、自分としてはとても大きな発見だ。
また、ブルーノ・ワルターというと、独特のテンポのゆれや思い入れ、演奏中の突然の停止などが強調されるが、今聴いてみてその点はさほど気にならない。もちろん彼の演奏は現在主流となっている演奏スタイルとはまったく異なるのだが、ブルーノ・ワルターが自分のスタイルに自信をもって演奏しているのがひしひし伝わってくるので、これはこれで非常に説得力があるし、演奏としての完成度が非常に高い。ちなみに、かつて私が愛聴していたニューヨーク・フィルとのモノラル録音も廉価版で簡単に手にはいるので、こちらも聴き直してみたが、これはこれで覇気のみなぎるいい演奏だが、ステレオ録音の透明さも私としては捨てがたい感じだ。
そんなさなか渋谷のHMVを覗いたところ、バーゲンセールでさまざまなCDが安売りされていたので、ブルーノ・ワルターとの比較という意味で、カラヤンが1970年代にベルリン・フィルを指揮したモーツァルト六大交響曲のCDも購入し(こちらは2枚組のCDに6曲はいってなんと990円!)、双方を聴きくらべてみた。こちらも、私としてははじめて聴く録音だ。
ちなみにカラヤンという指揮者、私はけして嫌いではないのだが、このモーツァルトには驚いた。というのは、カラヤンといえば、ブルーノ・ワルター以上に音の美感にこだわるという印象があるのだが、ブルーノ・ワルターを聴いたあとでカラヤンの演奏を聴くと、天下のベルリン・フィルの音色がどんよりと濁ってきこえるのだ。これはなんとしたことだろう。
そこでまたいろいろ考え込んでしまったのだが、実は、ブルーノ・ワルターとクレンペラーの演奏は、主観的と客観的ということである意味対極にあるようにみえながら、音に対するこだわりという点ではかなり近いところに位置しているのではないかということ。二人の演奏では、オーケストラが明るい響きでよく鳴っている。その響きのうえに、それぞれの個性や解釈が打ち出されている。この二人の演奏では、曲に対する解釈が優先して響きが犠牲にされるということはまずない。また、そうでなければモーツァルトは演奏できないと思う。
日本では、クラシック音楽の演奏評というと、まず、主観的(演奏中にテンポを動かす)か客観的(イン・テンポで演奏する)かで、評価が大きく二分され(フルトヴェングラー、ブルーノ・ワルターは主観派、トスカニーニ、クレンペラー、セル、カラヤンらは客観派)、今度は、それぞれの派の中が基本テンポが速いか遅いかでまた細分される。これからすれば、トスカニーニやセルは客観的で早く、クレンペラーは客観的で遅いというわけだ。しかしこの二分法なり四分法による演奏評価(分類法)、絶対的なものかどうか、私はかなり怪しいと思う。たとえば、この分類法のなかには、音色や楽器のバランスははいってこないのだが、これらはテンポ設定以上に重要な要素なのではないだろうか。
つまり、ブルーノ・ワルターもクレンペラーも、演奏するうえで、まずはオーケストラの音色や楽器のバランスに配慮し、そのうえで曲に対する解釈や自己表現があると考えていたのではないだろうか。だから、インテンポ(クレンペラー)かテンポが揺れる(ブルーノ・ワルター)かは、本質的な対立点とはならず、テンポが速いか遅いかもさほど問題にならないのだと思う。ちなみに、クレンペラーの初期の演奏は、晩年の演奏からは考えられないような早いテンポで、ぶっきらぼうにきこえるようなものが多い。またクレンペラー晩年の演奏も、個人的な好悪や体調でテンポを遅くしているのではなく、細部まで浮かび上がるような明晰な音で演奏したいという要求が、テンポに反映しているのだと思う。だからクレンペラーの演奏は、どんなにテンポを遅くしても緊張感を失うことがない。またいわゆる客観的演奏ということに関しても、クレンペラーはそのようなものをめざして演奏していたわけではなく、個々の音をきちんと響かせることを優先しながら演奏した結果が、いわゆる客観的演奏という範疇にはいるものになったというだけだと思う。
より具体的にモーツァルトの演奏でいうと、クレンペラー、ブルーノ・ワルターの演奏がカラヤンの演奏より基本テンポが遅いのは事実だと思うが、一般的に、クレンペラー、ブルーノ・ワルターは、第二楽章のアンダンテは非常にゆっくり演奏するが、第三楽章のメヌエットは意外に早く、このテンポ設定は二人に共通している。これに対し、カラヤンの演奏は、第二楽章が早く、第三楽章が極めて遅い。だから、早い演奏、遅い演奏といっても、相対的なものに過ぎないのだ。
さてその先だが、とりあえずは、ブルーノ・ワルター、クレンペラーそしてセルにも共通する明晰な音色への指向は、もしかすると彼らのユダヤ性と関連しているのかと漠然と考えている。彼らに比べると、フルトヴェングラー、カラヤンそしてベームは、個々の音にさほど拘泥せず、ともかく音楽を前に進めようとする指向性で共通しているともいえる。もしかすると、カラヤンやベームは、フルトヴェングラーの若い対抗者として楽壇に登場しながら基本的にフルトヴェングラーと同じ指向性をもっていたがゆえにフルトヴェングラーを超えることができなかったのではないだろうか。
ところで、ある曲を演奏することはある曲を解釈することだ、したがって演奏の善し悪しとは解釈の善し悪しのことだという考え方が、音楽評のなかで絶対的なように思えるが、果たしてこの考え方は唯一無二のものなのだろうか。ブルーノ・ワルターやクレンペラーの演奏は、そうした考え方へのアンチテーゼをも含んでいるのではないだろうか。
結論を急がずに、彼らの演奏をまたじっくり聴きこんでみたい。

テーマ:クラシック音楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/01/28(土) 23:52:56|
  2. クラシック音楽
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「アダムの種」~金子國義さんの新作展

風変わりでエロチックな作風でしられる美術界の風雲児・金子國義さんの新作を集めた個展「アダムの種 La graine d'Adam」が1月26日(木)から2月7日(火)まで、渋谷のBunkamura Galleryで開催される。

kaneko.jpg

会期中、2月5日(日)午後4時からは、会場で書籍等を購入した人を対象にサイン会も開かれる。
渋谷に行った折に、ちょっと足をのばして、Bunkamura Galleryをのぞいてみてはいかが?

【参照】金子國義公式サイト

テーマ:アートスペース - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/01/24(火) 14:53:19|
  2. アート
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NHK『新日曜美術館』の<鏡花本>特集

今日のNHK「新日曜美術館」、祖母をとおして三島由紀夫にも強い影響を与えた泉鏡花を特集した『夢幻の美”鏡花本”の世界』という番組だったが、寝坊して見逃してしまった。午後8時から再放送があるので、私もぜひ見るつもり。
番組を見て、鏡花について語りましょう♪

   *   *   *

【追記】
以下、番組をみた感想を簡単に記しておく。

「新日曜美術館」~『夢幻の美”鏡花本”の世界』のなかで紹介されたのは、鰭崎英朋(ひれざきえいほう)、小村雪岱(こむらせったい)、鏑木清方(かぶらぎきよかた)という三人の挿絵画家の作品、生き方、鏡花とのかかわり方で、国書刊行会から刊行された鏡花の選集「鏡花コレクション」の編纂者・須永朝彦さんが全体の解説役だった。須永さんがNHKから鏡花に関する番組づくりの相談をうけているという話は、本人からも伺っていたのだが、全編出ずっぱりのような形で、番組の骨格を構成していたのにはびっくりした。鏡花のテクストと挿絵の双方に見識をもっている須永さんは、考えてみるとこの番組の解説者に最適だったと思う。
さて番組で紹介された作品(鏡花本の挿絵)のなかでは、須永さんも強調していた英朋作品のなまめかしさ、大胆な構図にあらためて驚いた。
(その作品は、松本品子著『挿絵画家英朋-鰭崎英朋伝』<スカイドア>の表紙にもなっている。)
雪岱作品紹介のコーナーでは、作品もさることながら、実は背景に流れていた音楽に心をひかれた。この曲、去年公開された映画『春の雪』でも流れ、なんという曲だろうと気になっていたのだ。また「鏡の巻」と題したこのコーナーでは、最初に「鏡」という文字を文字通り鏡文字で出して、それを回転させるちょっとした遊びなどもしゃれていた。
清方作品紹介のコーナーでは、紫陽花が、清方と鏡花を強く結びつけていたということを、番組をみてはじめて知った。この清方もそうだが、鏡花本の挿絵画家たちは、単に仕事として割り切って挿絵を描いていたのではなく、鏡花のテクストにほんとうに強く共鳴し、それを完全に自己の主題として消化して、テクストと渾然一体となった挿絵を書いていたということを強く感じた。
明治期の文壇、画壇の雰囲気も出て、全体として、よくできた番組だったのではないだろうか。

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  1. 2006/01/22(日) 13:26:20|
  2. アート
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三島由紀夫「社会ダネ小説」のルーツ

 三島由紀夫の『青の時代』(昭和25年刊)に関連し、評論家・奥野健男は、『三島由紀夫伝説』(新潮社、1993年)のなかで、これは「社会ダネ小説」であるという主旨のことを書いているのだが、この点に関して私なりに少し思うことがあるので、記しておきたい。

 奥野健男の文章の引用、まずは三島の「社会ダネ小説」に対する評価。
「芸術至上主義者、古典派、唯美的とのみ思われがちの三島由紀夫は、現実に対し、社会に対し、時代に対し、意外なほど旺盛な好奇心を持っていた。そして足で歩き、徹底的に取材しよく調べて書く小説家であった。観念的に唯美的な宇宙を想像力によってつくりあげる作家ではなかった。彼の空想、想像力は官能的なものに限られていて、観念のイメージの殿堂を想出する詩人的能力はなかった。フィクションは必ず現実の事実によって築きあげられていた。夢想に耽り、幻想に遊べる詩人ではなく三島由紀夫は醒めた目で現実を見つめ、分析せずにはいられない散文作家であった。しかし社会ダネと言っても、三島由紀夫が興味を抱く事件は、戦争、敗戦を自分と共に通って来て、心に深い虚無を、いやされがたい空洞を抱く同年代の青年のかかわる事件に限られていた。昭和24年と言えば下山事件、三鷹事件、松川事件など国鉄労組をめぐる奇怪な事件が続発した年だが、三島はそういう政治的事件には目もくれず、女子大生殺し、光クラブなどの非政治的な青年の犯罪に注目する。『青の時代』を書きはじめた昭和25年7月、金閣寺が青年僧の放火により炎上する。三島は恐らく、ここにもまた同時代の同類の青年を発見し、この時から胸中にあたためていたに違いない。」(前掲書、251頁)
 奥野は、三島作品のすべてを評価しているわけではないのだが、三島が社会や時代に対して好奇心をもち、それを題材として小説を書いたことそのものは高く評価しいてることが、以上の文章からよくわかる。この評価の背景には、三島以前の日本の近代小説(純文学)が、社会とのこうした関わり合いを意図的に避けてきたということがあげられるが、奥野の文章から次にその問題を指摘した部分を引用する。
「『金閣寺』が戦後文学の傑作という評価を得るまでは、三島の”社会ダネ小説”は日本の文壇、純文学世界からの抵抗は甚だ強かった。それは日本の文壇の社会とは隔絶した私小説伝統のためだが、おなしなことには私小説とは違うプロレタリア小説も風俗小説も、社会ダネ、新聞を賑わせたような事件を題材にして、小説をつくることは稀であった。歴史小説はさかんだが、現代の事件を小説化することは、通俗的なこととして避ける風潮があった。明治初年、新聞の発刊にともない『鳥追阿松海上新話』とか『高橋阿伝夜叉譚』など毒婦や犯罪事件を合巻本の手法で興味本位に描いた実話小説の流行、また紅葉の『金色夜叉』、蘆花の『不如帰』などのモデル小説の大当りなどが頭にあり、自然主義文学以後の作家は、こういう社会ダネ的な事件を小説として扱わないことで、前代の合巻本的戯作文学、通俗小説とは違うことを示そうとした。そのような風潮が、大正、昭和、そして戦後と日本の純文学に続いていたのだ。
 スタンダールの『赤と黒』、フローベルの『ボヴァリー夫人』、ドストエフスキーの『悪霊』などの西洋の名作が、いずれもアップ・トゥ・デートな新聞の社会ダネをヒントにして、作者がそこに自己の思想や心情を仮託して書いた小説であり、しかもそのような方法が西洋の近代小説の常道であるのに対し、日本の近代小説は社会ダネを題材にすることを卑しみ避けて通る。そのことが日本の小説を、特殊な芸術至上主義と身辺日常的な私小説世界に小さく閉じ込め、活力を失わせる結果になっていた。」(250-1頁)

 以上の文章を読むと、三島の「社会ダネ小説」を評価しながら、奥野健男は、その発想の原点を結局西洋小説に求めているように思われるのだが、たしかに西洋近代小説の影響は無視できないものの、私はそこにもう一つのルーツを付け加えたい。といってもそんなに特別なものではなく、三島のなかで「社会ダネ小説」は、明治初期の小説を一気に飛び越えて、江戸時代の近松門左衛門の戯曲(人形浄瑠璃、歌舞伎)の世界をつぐものとして構想されたのではないかということだ。
 三島が近松半二の戯曲を高く評価しているということは、この掲示板でもかなり重点的にみてきたが、意外なことに大近松といわれる近松門左衛門の作品への言及はほとんどない。これは人形浄瑠璃や歌舞伎に親しんでいるものであれば誰でも知っているし高く評価しているので、門左衛門のことを特別にとりあげるまでもないということかもしれないが、半二を主題とする文章まで書いていることからすれば、いいさか奇異な沈黙という感じもする。ただ、半二に対する三島の傾倒が意識的・戦略的なものだったとすれば、門左衛門の影響はなかば無意識的なものだったのではないだろうか。
 私は、三島が半二に学んだものは作品全体の構成法ではないかと思うのだが、これに比較すると、門左衛門からは主題の選び方を学んだのではないかという気がする(非常に単純化していえば、半二は大がかりな「時代物」を得意とし、門左衛門は市民生活をストレートに描いた「世話物」を得意としていたので、世界が重ならない)。スタンダールやフローベールをまつまでもなく、門左衛門は「新聞の社会ダネ」になりそうな実話を選んでは、作品のなかに取りこんでいった。彼の作品は、そうしたアクチュアリティーと生々しさをもっている。そしてそうした主題を選ぶときに、社会的な話題といっても政治事件は避けられ、市井の人間の生き方に直結するものに限られていたという点でも三島の作品と共通している。
 三島の「社会ダネ小説」が現実社会との関わり合いのなかから生まれてきたのは事実だろうが、これらの作品を現代性という視点からのみとらえるのではなく、その一見非常に現代的とみえるものが実は古典の血を受け継いでいるのだということも、少し考えてみる必要があるのではないだろうか。

【参照】「三島由紀夫作品と演劇(近松半二評とからめ)」(当ブログ内)

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  1. 2006/01/20(金) 13:44:21|
  2. 文学(人と作品)
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幻の生物の標本の展覧会

幻想派絵画の紹介などで知られる銀座の老舗画廊・青木画廊(中央区銀座3-5-16、島田ビル二階、電話=03-3535-6858)で、2月6日(月)から18日(土)まで、風変わりなアーチスト・江本創さんの作品展が開かれる。題して『七つの大罪』。七つの大罪とは傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲のことだが、それをそのままかたちにしたような幻の怪獣・珍獣の標本が江本さんの作品だ。

emoto.jpg

江本さんの不思議な作品や展覧会は、これまで朝日新聞などでもとりあげられ好評。同じようなコンセプトの作品(標本)をつくる人はいないだろう。
江本さんの場合、構想する生物そのものが、ともかくなんともいえないとても奇妙なものなのだが、実際の作品(標本)の方はとても精巧にできていて、とてもつくりものに見えない。そのリアリズムと幻想のアンバランスが、作品に不思議な存在感を与えている。まずは一見の価値あり。
なお、江本作品は、江本さんのサイト『幻想標本博物館』でもかいま見ることができる。
また会場となる青木画廊の情報は、同画廊のサイトに直接アクセスを。

テーマ:アートスペース - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/01/19(木) 15:10:24|
  2. アート
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渋谷の画廊・美蕾樹の企画展と新年会

渋谷のユニーク画廊・美蕾樹(ミラージュ)は、1月21日(土)から2月7日(火)まで、美蕾樹で個展を開催し好評だったアーチストや本年デビューするアーチストの作品を集めた企画展『SELECTION ART EXHIBITION』を開催する。出展作家は、甲秀樹、天久高広、こやまけんいち、青木典子、平幸夫の各氏。
また、1月29日(日)の午後5時からは、同企画展開催を記念して、「NEW YEAR PARTY」を開く(会費¥2,000)。パーティは、ワインとミモレット・チーズをつまみながら自由におしゃべりしたり情報交換したりするというもので、企画展の出展者が出席するほか、出展者の一人である天久高広さんが参加するアコースティック・ユニット「バナナ」のミニ・ライブも楽しめる。

mirage1.jpg

美蕾樹の住所は渋谷区宇田川町17-1 渋谷ブラザービル四階で西武百貨店裏(電話=03-3463-8477)。開廊時間は午後1時~7時までで水曜休廊。渋谷に出かけた折にふらっと立ち寄るにも便利な場所にある。

テーマ:アートスペース - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/01/19(木) 12:55:21|
  2. アート
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観世九皐会の能入門講座

能の観世九皐会から本年の「のうのう講座」等のご案内を頂いたので紹介しておきたい。

九皐会にとってことし最大の話題は、なんといっても観世喜正さんがNHK大河ドラマ『功名が辻』の能に関する総監修をつとめていることだろう。
第一回放送分では、信長役の舘ひろしさんが舞う『敦盛』の節付け・型付け(作曲と作舞)のほか、舘さんへの指導も、喜正さんが担当した。また第七回、第八回では足利将軍饗応のシーンなどで、実際の能のシーンが上演される予定だが、こちらは喜正さんがシテ(主役)を演じる。

その喜正さんが、初心者に能のおもしろさをわかりやすく伝えてくれることで好評なのが九皐会の「のうのう講座」
この講座は毎月の定例会の前に、新宿区矢来の矢来能楽堂で、その月の定例会で取りあげる作品の見方、入り方などをいろいろ紹介してくれるもので、昨年からは、作品の見どころ紹介に加えて、能楽師以外の研究者をも講師に招いて、能からは少し離れた視点で能の題材となった物語を検証したり、その故事来歴を紹介したり、出典の古典を読み下したりしている。今年は2月3日に第一回講座がはじまるが、各月の講師には、米川千嘉子さん、多田一臣さん、馬場あきこさんなどが予定されている(のうのう講座の参加費は一回¥2,000<学生は¥1,000>)。
このほか、分かりやすい能をみたいという人に向けては、「のうのう能」という企画もある。
くわしくは、観世九皐会サイトにアクセスを。もちろん、定例会情報もくわしく読むことができる。

テーマ:能楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/01/19(木) 12:05:16|
  2. ご挨拶、お知らせ等
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贋物の英雄譚ーー『青の時代』(三島由紀夫)

現在進行中のライブドア問題、事件の詳細やそれに対する評価はともかく、マスコミをとおして事件の概要をきいているうちに、私は三島由紀夫の『青の時代』(昭和25年刊)を思い浮かべてしまった。

三島の『青の時代』は、戦後「光クラブ」という闇金融会社を開設し、一般市民から大量の資金を集めたうえで金策につきて自殺した東大生社長・山崎晃嗣をモデルにした中編小説だが、三島は、この事件を批判的に描くのではなく主人公の川崎誠を共感的に描いて、一種の快感のある軽い風俗小説に仕立てている。
『青の時代』が作品として高く評価されていないのは、三島自身が認めるように(「取材も構成もおろそかにしていきなり光クラブ社長の小説化に飛びつき、およそ文体の乱れた『青の時代』」~『私の遍歴時代』)、誠の幼年時代を描いた第六章の前半までと戦後を描いた第六章の後半に断絶があって、作品全体がすっきりつながっていないためだが、この欠陥を認めつつ、三島のなかでは、私はわりと好きな小説だ(前半も後半もそれぞれにおもしろい。ちなみに、誠の幼年時代の描写のなかには、この作品の直前に書かれた『仮面の告白』とはまた違ったかたちで三島の幼年時代が重ね合わされているように思われるが、その描写を書き続けていくと光クラブ事件という実際に起こった事件とつながらなくなることに気づき、三島は誠の幼年時代の描写を中断してしまったのだろう。この「中断」という事実からも三島という小説家の特質は読み取れると思う)。
ライブドア、堀江氏の問題を軽々しく文学作品の問題と比較するのはつつしまなくてはならないかもしれないが、『青の時代』という作品はそうでもしないとちょっと評価の難しい作品なので、この機会に取りあげておく。
ちなみに『青の時代』の序に、三島は次のように記している。
「僕の書きたいのは贋物の行動の小説なんだ。まじめな贋物の英雄譚なんだ。人は行動するごとく認識すべきであっても、認識するごとく行動すべきではないとすれば、わが主人公は認識の私生児だね」

テーマ:本の紹介 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/01/18(水) 13:07:42|
  2. 文学(人と作品)
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「夢はむすばず」ーー藤原良経と千五百番歌合

すぐ下の記事の『新古今和歌集』恋歌ベスト10で撰んだ藤原良経(『小倉百人一首』では後京極摂政前太政大臣として知られる)の歌が気になったので、その周辺を少し調べてみた。
この歌は、後鳥羽院主宰で三十人の歌人が参加した空前の歌合「千五百番歌合」(建仁元年=1201年に企画。三十人の歌人が各百首、計三千首の歌を提出し、それを左右千五百番の勝負としてつがえた)の折に詠まれた歌である。さてこの良経の百首歌(「院第三度百首」)を、彼の歌集『秋篠月清集』で読み返してみると、全体的にこれが良経の作かとおどろくほど低調だ。ためしに、この「院第三度百首」と直前の「院初度御百首」(正治二年=1200年)の冒頭の十首(春歌)をならべて抜き出してみる。

「院初度御百首」
久方の雲居に春の立ちぬれば空にぞ霞む天のかぐ山
吉野山ことしも雪のふる里に松の葉白き春のあけぼの
春はなほ浅間の嶽に空さえて曇る煙は雪けなりけり
春日野の草のはつかに雪消えてまだうら若きうぐひすの声
都人野原に出でて白妙の袖もみどりに若菜をぞ摘む
梅の花うすくれなゐに咲きしより霞いろづく春の山風
氷ゐし池のをし鳥うち羽ぶき玉藻の床に小波ぞ立つ
霜枯のこやの八重葺ふきかへて蘆の若葉に春風ぞ吹く
唐衣すそ野の雉子うらむなり妻もこもらぬ荻の焼原
常磐なる山の岩根にむす苔の染めぬ緑に春雨ぞ降る


「院第三度百首」
おしなべて今朝は霞の敷島や大和諸人春を知るらし
落ちたぎつ岩間打ち出づる泊瀬川初春風や氷とくらむ
吉野山雪ちる里もしかすがに槇の葉白き春風ぞ吹く
時しもあれ春の七日の初子の日若菜摘む野に松をひくかな
鴬のはね白妙に降るゆきを打ち払ふにも梅の香ぞする
妻恋ふる雉子なく野の下蕨したに燃えても春を知るかな
野も山も同じ緑に染めてけり霞より降るこのめ春雨
わたの原雲にかりがね波に舟かすみてかへる春の曙
津の国の難波の春の朝ぼらけ霞も波も果てを知らばや
更科やをばすて山の薄霞かすめる月に秋ぞのこれる


テンションがまるで違うのがおわかりいただけるのではないだろうか。要するに、「院第三度百首」は、明らかにダレた歌がならんでいるのである。
ところで、「院初度御百首」と「院第三度百首」以外の良経の百首歌は、すべて良経がみずから企画して定家ら他の歌人に唱和させたものであるのに対し、この両百首が後鳥羽院によって召されたものであることに、前関白・兼実の息子である良経は強い屈辱を感じたのではないだろうか。初度はともかく第三度ともなると、その屈辱感が強くなり、おざなりな歌だけを提出したとしか思えない。
千五百番歌合の企画が進行中の建仁二年(=1202年)に政敵・源通親が急死して良経は摂政に任じられるが、良経自身も、建永元年(=1206年)春に三十八歳の若さで急死し、「院第三度百首」以降百首歌は詠んでいない。したがってこの「院第三度百首」は、結果的に良経最後の百首歌になってしまっている。彼が長生きしていたらその後どうなったかはわからないが、歌壇の主人公が自分から後鳥羽院に移ったことで、千五百番歌合以降、良経は歌をつくる意欲をなくしてしまったのではないだろうか。
ちなみに、良経の伯父・慈円の「院第三度百首」もちょっとおかしい。本歌取といえば聞こえはいいが、要するに百首歌すべてを『古今集』の古歌のパロディでとおしていて、まともな歌は一首もない。これは後鳥羽院の命に形式的にはしたがったものの、その要請に応じて本気で歌を詠む意志がないことを示したものではないかと思われる。

良経の「院第三度百首」に戻ろう。
凡庸な作が多いなかで、前に引いた「わが涙」の歌のほか、

身にそへる其の俤も消えななむ夢なりけりと忘るばかりに (恋)
浮き沈み来む世はさてもいかにぞと心に問ひて答へかねぬる (雑)


などの歌が光っており、この二首は『新古今集』にも採られている。ただ、この両首、

わが涙もとめて袖にやどれ月さりとて人のかげは見ねども

の歌と同様、玲瓏とした美といったありきたりのものをとおりこしてどこかしら不気味な感じのする歌だ。しかし、「院第三度百首」の百首のなかの真骨頂は、冬歌中の

嵐吹く空に乱るゝ雪の夜に氷ぞむすぶ夢はむすばず

ではないだろうか。嵐の雪の夜に氷が結ぶことはあっても、それ以上に凍てついた心の中で自分の夢はもう結ばない。同時代にも以降にも、これはちょっと類のないものすごい傑作だと思う。
しかしこのすさまじい歌は『新古今集』には採られなかった。あまりにも冴え過ぎて、勅撰集に入れようがないと判断されたためだろうか。しかし良経にとって、自分の歌が勅撰集に採られるか採られないかはもうどうでもいいことだったような気がする。

【参考】九条良経(「千人万首」サイト内)

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  1. 2006/01/16(月) 14:25:45|
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『新古今和歌集』恋歌ベスト10

ことし最初の読書に『新古今和歌集』を選んだので、たわむれに新古今の恋歌ベスト10を撰んでみた(順番は新古今のなかの配列順、すなわち恋のはじまりから恋のなごりへと並べてある)。みなさんのベストはいかに。

わが恋は知る人もなし堰く床の涙もらすなつげのを枕  (式子内親王)
思ひあまりそなたの空をながむれば霞をわけて春雨ぞふる  (藤原俊成)
面影のかすめる月ぞやどりける春やむかしの袖の涙に  (俊成卿女)
とこの霜まくらの氷きえわびぬむすびもおかぬ人の契に  (藤原定家)
たゞたのめたとえば人のいつはりを重ねてこそは又も恨みめ  (慈円)
くまもなきおりしも人を思出でて心と月をやつしつるかな  (西行)
わが涙もとめて袖にやどれ月さりとて人のかげは見ねども  (藤原良経)
思ひ出でよたがかねごとの末ならんきのふの雲のあとの山風  (藤原家隆)
袖の露もあらぬ色にぞ消えかへるうつれば変るなげきせしまに  (後鳥羽院)
かきやりしその黒髪のすぢごとにうちふすほどは面影ぞたつ  (藤原定家)


ちなみに、業平、和泉式部の歌にも捨てがたいものがあったが、作品はいわゆる新古今時代の歌人のものに限定した。
定家の歌はさすがに良い作が多く(「あぢきなく」「忘れずは」「消えわびぬ」「しろたへの」等)、こうして撰んでみて新古今を代表する歌人との認識をあらたにした。彼の歌は他の歌人とのバランスで数をおさえてある。
他の歌人、たとえば後鳥羽院の歌は、こと恋に関するかぎりあまりさえない感じがする。「袖の露も」の歌も後鳥羽にしてはあまりできがよくないと思うが、他にとれる作がないのでこの歌を撰んでみた。要するに、「初恋」「忍恋」「失恋」と恋部のほとんどの歌題が、ゴージャスな彼の心にそぐわないのだろう。
慈円、西行も恋部にはあまりいい歌がないように思うので、他の歌人の作とは撰定規準をかえて、あえて思いっ切り彼ららしい作を撰んでみた。この二首をすぐれた歌だと思っているわけではない。ただ結果として、十首のなかほどに慈円、西行の歌がはいり、転調の効果はあるかと思う(笑)。

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  1. 2006/01/15(日) 13:21:14|
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キネマ旬報ベスト10発表

キネマ旬報の2005年度ベスト10が発表された。
日本映画の第一位は『パッチギ!』(井筒和幸監督)、外国映画の第一位は『ミリオンダラー・ベイビー』(クリント・イーストウッド監督)とのこと。
去年は主に後半けっこう映画を観たので、今回のベスト10には注目していたのだが、私の推奨作品『メゾン・ド・ヒミコ』は邦画部門第四位だった。誰でも受けいれやすいリアリズム映画ではないので、第四位というのは健闘というところかもしれない。
それより意外なのは、邦画部門の主演男優賞が『メゾン・ド・ヒミコ』他で活躍したオダギリジョーだということ。『メゾン・ド・ヒミコ』のオダギリジョーは文句なしにかっこいいし、あの春彦の役は彼以外にはやれなかった役だと思うが、演技としてどうこうという感じはしない。まあ、この男優賞というのは去年一番光っていた男優ということなのだろう。
邦画部門第一位の『パッチギ!』はまだ観ていないので、そのうちに観てみたい。

『ミリオンダラー・ベイビー』は、終末医療や尊厳死という非常に現代的なテーマと取り組んでいるようで、その実、能の世界を思わせるような非常に古典的なドラマ・ツルギーをもっているところがすばらしいと思う。この作品、私には傷ついた人間を介錯する武士の心理とだぶってみえた。

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  1. 2006/01/15(日) 09:55:18|
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ブルーノ・ワルター、NYフィルのブラームス

昨日は渋谷の音楽ショップ、HMVのバーゲンで、ブルーノ・ワルター(1876年-1962年)が1950年代にニューヨーク・フィルを指揮したブラームスの交響曲全集を見つけ、購入した。モノラル録音ながら、これが、CD二枚組で¥1,590と極めて安い。

walter-brahms.jpg

この全集は、大学生の頃、私がはじめてブラームスの交響曲を聴いたときに選んだもので、自分にとり特別の意味をもつ録音だ。
私が本格的にクラシック音楽を聴きだしたのは大学に入ってからなのだが、周囲には熱烈なフルトヴェングラー・ファンがおり、クラシック音楽の演奏とはフルトヴェングラーとトスカニーニの間で、主観でいくか客観でいくしかないのだなどと熱っぽく語っていた。
しかしそんな極端な言い方に反発した私は、当時戦後の三大指揮者の一人といわれ、フルトヴェングラーとトスカニーニの間の第三の人とされていたブルーノ・ワルターを切り口にしてクラシック音楽を聴き始めたのだった。
ブルーノ・ワルターには、一曲に大体三種類の演奏があり、戦前、戦中のヨーロッパで活躍していた時期から渡米直後のSP盤への初期録音(オーケストラはウィーン・フィルが中心)、長時間盤を替えずに聴くことができるLP盤が開発されてからの戦後の録音(オーケストラはNYフィルが中心)、ステレオ録音技術が開発されてからの録音(オーケストラは当時引退していたブルーノ・ワルター用に特別編成されたコロンビア交響楽団)と、明確に区分され、それぞれ演奏スタイルも若干異なる。極めて単純化していえば、戦前の典雅、戦後の雄渾、晩年の枯淡ということになるだろうか。私は、せっかくブルーノ・ワルターを聴くのならなるべく順番にと思い、モノラル録音のレコードから集め出したので、NYフィルとの演奏が最初のブラームスとなったのだった(それに、モノラル録音のレコードの方が安かった)。
しかしそうしてブルーノ・ワルターの演奏を聴いているうちに、しだいにレパートリーの似かよったクレンペラーの演奏が気になりだし、最後はクレンペラー一辺倒になってしまった。したがって、ブルーノ・ワルターの録音のなかでも、晩年のステレオ録音はほとんど聴いていない。
ちなみに、ブルーノ・ワルターとクレンペラーのレパートリーが近いというのは、この二人の演奏ではフルトヴェングラーとトスカニーニにはないモーツァルトとマーラーの音楽が大きな柱の一つになっているという事実がある(モーツァルトはさておき、ともにユダヤ人であるブルーノ・ワルターとクレンペラーはマーラーの直弟子にあたり、マーラーを熱心に取りあげていた)。二人の演奏は、情緒的なブルーノ・ワルターとつねに冷静で緻密なクレンペラーで一見極端に異なっているようでありながら、音の出し方に意外と似たところがあるのではないかと私は考えている。つまり二人とも、固まりとなってぶつかってくるような音は出さす、その出す音色はきれいに磨き抜かれている(クレンペラーの演奏の場合、それをしつこいと感じる人もいる)。そういう点では二人とも極めて職人的な演奏家なのだが、そうでなくては、モーツァルトをきちんと聴かせることはできないだろう。

ただ今から考えると不思議なことに、ブルーノ・ワルターと私との縁は大学に入ってからはじまったものではなく高校時代に遡る。
雪深い田舎の町(年末に特急が脱線した町の近く)で高校時代を過ごした私は、クラシック音楽のLPレコードを三種類しか持っていなかったのだが、その一つがブルーノ・ワルターが指揮するマーラーの交響曲『大地の歌』(ステレオ盤)だった。私が高校二年の時にヴィスコンティの映画『ヴェニスに死す』が公開され、そのなかで、名前すら知らない作曲家マーラーの交響曲が使われ重要な役割を果たしているというので、なけなしの小遣いをはたいてマーラーのレコードを購入することにしたのだった。ところで、ヴィスコンティが『ヴェニスに死す』で使っているのは、実はマーラーの第五交響曲と第三交響曲なのだが、田舎のレコード店には五番も三番もなく(だいいち、当時はマーラーを録音する指揮者自体極めて少なかった。五番にはブルーノ・ワルターのモノラル録音もあるが、三番を録音していたのはおそらくバーンスタインぐらい)、レコード店のおやじさんと相談して、代わりに『大地の歌』を購入したのだった。
しかしこの『大地の歌』はいっぺんで気に入ってしまった。それからは、自分で『大地の歌』に使われている原詩(漢詩)を調べたり、そうとう入れ込んで毎日のように『大地の歌』を聴いていたのだが(今から考えると極めて異常<笑>)、そのころなにを考えながら『大地の歌』を聴いていたか、少しも思い出せない。それと、高校生時代は、この曲を演奏していたブルーノ・ワルターには特別の思い入れはなかった(演奏評ということで当時の私が規準にしていたのがオペラについての本で、オペラの正式録音がないブルーノ・ワルターは、この本には登場しなかった)。
そんなことがあり、大学生になって本格的にクラシックを聴こうということになっても、フルトヴェングラーにもトスカニーニにも、ベームにもカラヤンにも惹かれなかったのかもしれない(この四人のなかで『大地の歌』を録音しているのは晩年のカラヤンのみ)。それと当時の私は、グラモフォン・レーベルの録音(フルトヴェングラー、カラヤン、ベーム)というのはいかにも「本格派」「正統派」という感じで、それだけで好きではなかった(笑)。
ちなみに、私が高校時代にもっていたLPレコードは『大地の歌』の他、フルトヴェングラーのベートーヴェン第九とカラヤンのヴェルディ『オテロ』。まあ極めて異様な取り合わせだが、考えてみると、どの曲も歌が入っている。第九や『オテロ』はさることながら、『大地の歌』も、その一部は今でもそらで歌える。
さあ今日は、ブルーノ・ワルターのブラームスをじっくり聴くことにしよう。

NB:先日ふと気づいたのだが、ブルーノ・ワルターの「ワルター」というのは彼の名字(名前)ではない。ブルーノ・ワルターにはシュレシンガーという姓があるのだが、演奏者としてはあえてそれをはずし、二重の洗礼名だけを名乗っている。ジャン・ジャックとかアン・マーグレットとかいう感じだ。したがって、彼の名前を書くときに、通常行われているようにワルターと略すのはよくないのではないかと思えてきた。この記事でもあえてしつこくブルーノ・ワルターと連呼する次第。
参考「ブルーノ・ワルター」(Wikipedia)

テーマ:クラシック音楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/01/08(日) 11:56:25|
  2. クラシック音楽
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謹賀新年

明けましておめでとうございます。
昨年はこのブログを開設し、それにともないいろいろな人と楽しい会話ができ、充実した一年となりました。
本年も、本や映画などさまざまな話題をとりあげながら、会話を楽しんでいきたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

lunatique

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  1. 2006/01/02(月) 12:04:18|
  2. ご挨拶、お知らせ等
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