le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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一難去ってまた一難

和歌と密教的存在論についての原稿は、とりあえず現在できあがっているところまでをローマに送り、昨日から中世浄土教団研究の問題点についてのレポートをまとめはじめました。これは、12月16日にある中世史の勉強会で私が発表者になっているので、それにあててのものです(ローマにはいちおう、原稿の完成は16日以降になると連絡し、了解をもらってあります)。
とはいえこのレポートは、今回イタリア向けに書いている原稿となんの関係もないものではなく、そのなかに註として記した、「General description of the history of Japanese medieval literature emphasizes the influence of Jodo Buddhism which is a little pessimistic and insists the importance to go to Jodo (=Pure Land, a sort of Buddhist purgatory) after the death. Teika's wakas are often pointed the influence of this theory. But Toshio Kuroda published "ken-mitsu taisei ron" in 1975 (in "State and religion of Japanese Middle Ages" ) and opposed this thinking-frame on religion. According to his doctrine, medieval society was led by both exoteric and esoteric theories. Kuroda's doctrine is accepted by many students as an appropriate frame for the study of Japanese medieval society. My article also adopts Kuroda's doctrine.」ということを浄土教団の研究の現場から検証するというような内容を考えています。
より具体的には、先日までこのブログに書いていた親鸞教団研究をまとめたようなものになると思いますが、とりあえずは、次のような枠組を構想しています。

1)概論
仏教教理のなかでの「浄土教」の位置づけの再考。神秘主義としての浄土信仰
2)法然教団
法然の教えは、信者にどのように受け止められていたか。
法然「津戸の三郎へつかはす御返事」(差出年不明、九月十八日付)の分析。関東武士の法然への帰依を見なおすことの必要性の確認。
3)親鸞教団
法然没後の浄土宗教団の一例としての親鸞教団。
根本史料の不在からくる親鸞の関東滞在の位置づけの混乱。
親鸞が関東(常陸)に来た理由、常陸での親鸞の活動、親鸞の帰京の位置づけ。
史料としての『歎異抄』の分析。
書状の分析。
4)親鸞没後の親鸞教団
5)『法然上人絵伝』の問題点

レポートまで時間がほとんどないので、ブログ更新がまたとどこおりそうです。

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  1. 2006/11/30(木) 12:27:50|
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媒体概要

原稿がとりあえず「開通」し、昨日は、編集会議のあとにローマから送られてきた企画書を読み返してみました。これは一応英語で書いてあるのですが、細かいところがどうもよくわからないのです。
でまず、媒体はreviewとblogを連動させるとあり、私の原稿はこのうちreview用に書いたものなのですが、はっきり言ってこれがどういう媒体か、ペーパー媒体、すなわち日本で言う出版物なのかさえ未だによくわかりません。原稿を書く前提として、想定読者をきいてみたら多くはローマ大学の学生(文化人類学系)になるだろうとのことなのですが、学生に向けたネット媒体ということもありうると思うので、この点は今一不安です。
ただ企画の後ろにはmeltemiという出版社がついているとのことなので、とりあえずは、このmeltemiから出版される同人誌的な性格の「雑誌」であろうと見当をつけています。
で、この媒体の書式?が「Yform」とあるのですが、これがまたよくわかりません。日本で言うとA4とかB5とかいったサイズのことなのか、それともネットとからめた新しい特殊な媒体のことなのか…。
reviewの内容は、原文で「through a general index, there will be a thematic core (for. ex. a monographic beginning on processual communication on ethnography, art, performance etc.), a more general part (where it is possible to publish every kind of essays), review on book, movie, advertising, music, expo etc.」とあり、私の原稿はこのうち「ethnography(民族誌)」にあたるものだと勝手に拡大解釈しているのですが、大ざっぱすぎて全体の構成がつかめません。まあ、あまりはっきりテーマを絞り込まず、自由にやりましょう、書評でもよし、映画評でもよし、軽いエッセーでもよしということのようですが、そう考えると、また媒体の性格がつかめなくなってしまうのですね。ただ、何度かのメールのやりとりをとおして、私の書いているものはなんとなく先方の気に入ってもらえているらしいという感触はあります。
で、企画書のなかの「Editorial Board」というところに私の名前がはいっているのですが、「編集板」?なんだこれは?「編集後記」のことかな?そうか「編集後記」にショート・エッセーを書くメンバーということかなと、これまでは軽く考えていました。ところが昨日、辞書をひくてみたら「編集委員会」とあります。う~む、ということは私を編集委員の一人として認めてくれているんだなと、この部分はあらためてうれしく思いました。
ただ私と媒体の監修者MCさんとは、メールのやりとりだけの仲ですから、軽い編集委員なのは事実です。この辺は、まだ手放しで喜んではいれない感じですね。
ところで、reviewへの記事は、私のものも含めて5本集まっているとのこと。この先、どうなりますやら…(せっかくイタリアで出すんだから、夢は大きくエーコあたりが読んでくれたりしたら、ものすごくうれしいんだけれど♪)。

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  1. 2006/11/27(月) 10:44:51|
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原稿が完成

英文原稿と註がようやくできあがりました。英文は、全部でちょうど400行あります。
本文で歴史的な記述を省いた分、註でそれを補ったので、註もかなりの量になりました。註にいれた中国仏教史の簡単な説明、まだちょっと不満があるのですが、それは少しずつなおしていけばなんとかなりそうです。
完成したものはまだイタリアに送っていませんが、その前の草稿に対するイタリアからの反応はけっこうよくて、早くも次には「舞踏」のことをなにか書いてくれないかと言ってきています。向こうも私の書いたものがなにかおもしろいと思ってくれているのでしょう。
こうして英文で原稿を書いてみると普段とは違う発見もあって、たとえば私は、定家の頭韻の例として

  いつしかとかすめる空の気色かな ただ夜のほどの春のあけぼの

をとりあげているのですが、日本語で読んでいたときには何とも思わなかったこの歌が、英語に訳そうと思って読みかえしているうちに、たとえば、定家の代表作のひとつ

  おほぞらは梅のにほひに霞みつつ くもりもはてぬ春の夜の月

にもつながるものすごくいい歌ではないかと思えてきました。定家という人は、さっと詠み流した歌にもいい歌が多いし、そういう歌は、詠み流しているがゆえに、変に細工していない定家の個性がそのままでてくるのですね。
原稿は、当初の予定を変更して、「いつしかと」の歌の読みの可能性を一つ提示して終えることにしました。

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  1. 2006/11/26(日) 23:20:17|
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英文サンプルを送付

イタリア人に負けてはならじと、私の原稿の英文サンプル、さっそくイタリアに送りました。
全体の状況はまだうまくつかめていないのですが、内容はともかく、私の書くものがどのくらいの分量になるか説明できないし(日本的に何百字とか原稿用紙何枚とかいっても意味ないですからね)、逆にむこうからこれだけの分量で書いてくれといわれても私の能力では調整できないし、結局これは、書いたものを書いただけのせてもらうしかないのです。そこでまず日本語でその原案をつくったところ、註もいれて原稿用紙24枚ほどになってしまいました。
この量をみてちょっと絶望的にはなったのですが、やむをえず、その訳にとりかかりました。とはいえ、全体を訳すとなると相当時間がかかりそうだし、だいいち内容的にもかなり難しいので、その難しさがわかってもらえるかどうか、一番めんどうな結論部分だけ先に訳して向こうに送ったのです(はっきり言って、これは私が生まれてこのかた書いた、最も長い英作文になりました)。
向こうはちょうど今テスト期間で、週末にじっくり読んでみるとの返事ですが、結論部分の冒頭に関しては、「小説のようでおもしろい。先がどうなるか興味がある」といってくれています。
こうなると、私の原稿だからというより、和歌とか密教とかいう非常に日本的なものを、イタリア人がどううけとめてくれるか、こちらとしてもとても興味がわいてきました。

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  1. 2006/11/17(金) 11:13:24|
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グレート!

イタリア人はほんとうにリアクションが早いですね。
MCさんからさっそく、編者会議の様子とこちらが送った概要へのコメントが届きました。概要へのコメントは「グレート」といううれしいもので、ぜひ私が伝えた内容で執筆して欲しい、メンバーも了解しているというものです。
こうなると、どうしてもがんばらなくてはいけませんね。
ということで、しばらく新しい論文に取り組みますので、ブログの更新がこれまで以上に滞ってしまいそうですが、どうぞよろしく。

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  1. 2006/11/06(月) 09:21:15|
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早くも編集会議

MCさんからは、私が伝えた内容でかまわないからぜひ執筆して欲しいという返事と、その編集会議(打ち合わせ)の案内が届きました。
打ち合わせは今日(4日)の正午からで、ローマのファルネーゼ広場にあるバールで行う気軽なものだそうです。おもしろそうなので打ち合わせにはぜひ参加したいんですけど、場所がローマではねえ…。
しかたがないので、打ち合わせの参加者を対象に、前のメールよりももう少し具体的に、どういう内容の論文を書きたいのか、またメールを出しておきました。とりあえずの仮タイトルは「The alliteration of Japanese waka and the Esotheric ontology as its philosophical background(和歌における頭韻とその哲学的背景としての密教存在論)」です。
向こうの人は反応が早いので、どんな反響があるか楽しみです。

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  1. 2006/11/04(土) 11:41:57|
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