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白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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シネマの否定、演奏の否定、演劇の否定、そして…

この辺で、このブログにアクセスしてくださっているみなさんのために、3月21日付けの映画『バルタザールどこへ行く』関連の記事(「ロベール・ブレッソンの作風をめぐって 1」)にはじまった一連のエントリーの方向性を少し整理しておこうと思う。

書き込みをはじめた当初から、私には、これを映画だけの記事にはせず、指揮者オットー・クレンペラーの演奏の問題とからめて考えてみたいという意図はあったのだが、それが明確になったのは、浅沼圭司氏の著作『ロベール・ブレッソン研究』(水声社、1999年)が「シネマの否定」というサブタイトルをもつことを知ってからだった。
私はこのキーワードを「演奏(音楽解釈)の否定」と読み替えてクレンペラー論に導入し、そのうえで、ブレッソンの「シネマの否定」とクレンペラーの「演奏の否定」が行き着く先を探ってみたいと考えた(「ブレッソンとクレンペラーの対位法」)。
このあたりの流れは、これまでの記事でなんとなく理解して頂けているのではないかと思っているのだが、ブレッソンとクレンペラーにおける「否定」について考えているうちに、この問題は実はポツドール(三浦大輔)論とも結びつくもので、その場合ポツドールは、「演劇の否定」として捉えられるべきものだと気がついた。実際ポツドールの舞台は、ブレッソンの映画と比較したときに理解しやすい部分が多いと思う(たとえば、尾崎宏次氏が指摘する「演技の一回性」の問題は、ポツドールの舞台でも大きな問題となる。それにどう対処するかという結論は、ブレッソンとポツドールでは大きく異なるのだが…)。
さて、私の構想はここから急旋回して、議論の全体を五部構成で考えているのだが(もちろん、その第一部から第三部までは、「シネマの否定」「演奏の否定」「演劇の否定」がしめる)、その第四部と第五部の内容については、何が出てくるかこれからのお楽しみとしばらくふせて、ブレッソン、クレンペラー、ポツドールの読解をすすめながら自分の中でもう少し構想を発酵させることにしたいと思う。ただ、そのヒントだけをここで簡単に記しておくと、浅沼圭司氏の対談の紹介ではじまった一連の記事は、浅沼圭司氏の著作の分析で終えることを考えている。

さて、肝心のブレッソン映画だが、私には基本的に部屋でビデオを観るという習慣がないため、どうやったら作品が観れるのか思い浮かばず、これまで記憶をたどったり、資料を紹介するというかたちで議論を進めてきた。それが、先日安いビデオ&DVDプレーヤーを購入したのをきっかけに、映像資料を参照するのが容易になり、これから先の議論は、それらをも参照しながら進めていきたいと思う。

ということで、昨日、その第一弾として『抵抗』(1956年)をビデオで観た。この作品、かつてどこかのシネマテークで一度観ているのだが、久しぶりに再見して、やはりすばらしい作品だと思った。荻昌弘氏が『ジャンヌ・ダルク裁判』の作品研究で指摘しているような映像的特徴(「カメラは、ほとんど、歩むことも、首をふるさえも、やめる」)は、この作品ですでに明確に打ち出されており、かつ、目覚ましい効果をあげている。『抵抗』に対する私の細かい考え方は、別記事に詳しく記してみたいと考えているが、この作品を観てすぐに頭に浮かんできた感想は、これはとても<音楽的>な映画であるということ。その<音楽的>という言葉も、このブログではクレンペラーの音楽演奏をブレッソンの映画と同時進行で分析しているため、自己遡及的でほんらいは使用すべきでないのだが、にもかかわらず、『抵抗』という映画は<音楽的>だと思った。それはどういうことなのかというと、要するに、『抵抗』という作品は、通常の映画のように人間同士の葛藤(ドラマ)としては進行せず、一つの場面と次の場面が結びつく緊張感、もしくはある種の流れを主軸として構成されているということ。そうした流れ主軸の展開を、私は<音楽的>と言ってみたいのである。
また『抵抗』に続いては、これから、『スリ』(1959年)、『ジャンヌ・ダルク裁判』(1962年)も観ることを予定しており、毎日新しい記事をアップするのは難しいとは思うが、それらの感想も可能な限り記していきたい。

もちろん、これら一連の話題に関して、部分的なこと、全体的なこと、さまざまなご意見、ご感想、トラックバックも大歓迎♪

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テーマ:異文化コミュニケーション - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/04/22(土) 12:14:22|
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