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白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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『抵抗』『スリ』『ジャンヌ・ダルク裁判』を観て

ロベール・ブレッソンの映画『抵抗』『スリ』『ジャンヌ・ダルク裁判』をビデオでたて続けに観た。これによって、ブレッソンに対する自分なりのイメージがかなり明確になったので、とりあえずそれを簡単に記してみたい。

これまでも浅沼圭司氏はじめさまざまな人の見解を引用しながら確認してきたように、ブレッソン映画には、さまざまな特徴があり、今回、それらを具体的に確認できたということは大きいが、実際に観てみると、自分にとって一番大きなブレッソン映画の特徴は、ストーリーを要約できないということであった。
しかしそれはブレッソンの映画が複雑だとか、人物関係が入り組んでいるとかいうことを意味しない。そうした観点からいうならば、ブレッソン映画の構造は非常に簡潔で、映画のなかで時間が逆転することもほとんどなければ、回想シーンが挿入されるといったこともない。できごとは、ほぼおこった順番にスクリーンに提示されていく。
したがって、たとえば『抵抗』は「死刑囚は逃亡した(この映画の原題)」という「物語」をもち、『ジャンヌ・ダルク裁判』は「ジャンヌ・ダルクの裁判」という「物語」をもっているとはいえるのだが、それ以上のストーリーを語るとなるととたんに困惑せざるをえない。その困難が一番大きなのは『スリ』で、この映画のストーリーはまず語ることができない(参考までに、浅沼圭司氏は『スリ』の物語を次のように要約している。「主人公ミシエル(Michel)がすりをはたらき、逮捕され、刑務所にいれられるーー、ただそれだけだ」<『ロベール・ブレッソン研究ーーシネマの否定』、水声社、135頁>。この映画の「ストーリー」を要約しようとすれば、私もこのとおりいうしかない。しかし、これがはたして「ストーリー」といえるだろうか?)。
ちなみに、ブレッソンの初期作品に『ブーローニュの森の婦人たち』(1945年)があるが、これは『百科全書』の編集者として知られる18世紀の思想家ディドロの小説『運命論者ジャックとその主人』の一部を映画化したものだということで、このディドロの小説というのが、まずストーリーを要約できない。初期にこの小説に注目しているという事実は、ストーリーないし物語に対するブレッソンの関心がどの辺にあるかを示していると思う。
さて実は直前の記事で、私が『抵抗』を<音楽的>だとしたのも、整理して考えてみるとこの点とからむ問題で、映画そのものが、たとえばソナタ形式の楽曲のように、最初に主題を提示し、それが明確に打ち出されると、今度は第二主題が登場し、ついで第一主題と第二主題がからみあいながら発展していくといった構造(流れ)はもつが、いわゆる「物語」にあるような結末もしくは(弁証法的な)結論を、ブレッソン映画はもたない。したがって当然のことながら、ストーリー(物語)から導き出されるメッセージ性のようなものも、ブレッソン映画はもたない。ブレッソン映画は、その終わりにむけてただ流れていく。映画というものは「物語」を視覚的に再現する仕掛けであると考える人にとって、ブレッソン映画は、何をいおうとしているかわからない映画ということになってしまう。
ところで、日本で最初に公開されたブレッソン映画は『抵抗』だが、この映画のオリジナル・タイトルは「死刑囚は逃亡した、または風は吹きたいところに吹く Un condamne a mort s'est echappe ou le vent souffle ou il veut」であり、困惑した封切会社が、この逃亡行為にドイツ軍への抵抗というメッセージ性を読み込み、日本タイトルとしたものであろう。しかし、実際にみる『死刑囚は逃亡した』という作品には、そうした政治性・社会性は皆無であり、映画はひたすらその脱獄のプロセスだけを追う(しかも、タイトルが過去形になっているので、観客はその脱獄が成功するということを情報としてあらかじめ知らされていることになる。したがって、主人公の行為が成功するか失敗するかという意味での「スリル」は、この映画では半減されている)。主人公のフォンテーヌがなぜ逮捕されたのか、彼はどのような経歴、思想をもつか、その家族構成はどうなっているか、等の「物語」の発生源を映画は語らない。映画が提示するのは、フォンテーヌが今何をしているか(しようとしているか)だけである。回想シーンがまったくなく、映画は、逮捕されてからのフォンテーヌの行動を順に追うだけなので、登場人物も極めて少ない。したがって、いわゆる「ドラマ」が生じ、それをめぐって「ストーリー」が展開していく余地はほとんどない。この意味で、平板といってしまえばこれ以上平板な映画はないともいえるのだが、こうした観点からいえば、ブレッソン映画は、つねに極めて平板である(同じ事実をプラス方向からみたとき、ブレッソン映画は、つねに極めて「禁欲的」とされる)。あるいは、文字どおり風のような映画といえるだろうか。それを手にとどめようとしてもむなしい。
ところで、第二次大戦下の被占領フランスで、ドイツ軍に抵抗する(囚人が脱走する)という行為は、もしかすると(もしかしなくても)社会的・倫理的にプラスの意味合いをもたされてしまうかもしれない。そしてブレッソン映画はそうしたプラスの倫理観を描こうとした映画という風に理解できるかもしれない。そこで、そうしたプラスの倫理観(社会道徳)を徹底的に否定したのが次作の『スリ』といえよう。ある青年が他者の財布をスリとるプロセスを執拗に描くこの映画は、映画に社会的倫理観の肯定を求めようとする人の顔を背けさせるかもしれない。ただそうであるがゆえに、『スリ』という作品をとおして、『死刑囚は逃亡した』という作品におけるブレッソンの関心は、逃亡行為そのものであって、それが社会通念としてどのような意味をもつかは、どうでもよいことだったのだということが明らかになってくると思う。
ついでながら、この『スリ』という映画で、ブレッソンがスリという行為を単純に犯罪(悪)としてはとらえていないと強く感じたのは、主人公のスリ行為のなかに、競馬場を舞台にしたものが複数回あるという事実からだ。競馬で得たお金、もしくは競馬に使うお金というのは、普通に考えれば労働の成果(もしくはいわゆる「生活費」)ではなく、運命の巡り合わせとしかいいようがないお金ではないかと思うが、それをつきつめていくと、競馬場を舞台としたスリ行為が、個人財産・個人所得の剽窃がどうかを断定するのはかなり難しいということになってくると思う(ちなみに、『スリ』という映画と神の存在の問題の関わり合いは、競馬で得たお金が財産なのか、それをスリとることが犯罪なのかを考えたときに出てくるだろう。風は吹きたいところに吹く!)。
いずれにしても、『抵抗』も『スリ』も、ひたすら主人公の行動を描いた映画なのだが、一転して、『ジャンヌ・ダルク裁判』は、古い裁判記録の再現という性格上、「言葉」を中心に組み立てられた映画である。言葉の洪水といってもいい。極端にセリフの少ない『抵抗』や『スリ』を観たあとで『ジャンヌ・ダルク裁判』を観ると、そのセリフの多さにまず物理的にとまどうのだが、しだいにこれは、行為(アクション)として言葉を扱った映画ではないかと思えてきた。
つまり、裁判におけるジャンヌの言葉が裁判官や聴衆に何かを訴えかけ、そのことが裁判結果に反映されるというのであれば、これは「裁判ドラマ」、セリフ劇といっていいと思うのだが、裁判のなかのジャンヌの言葉が裁判官を動かすことはなく、審理(言葉のやりとり)を無視して、裁判はひたすらあらかじめ定められている結論(ジャンヌの火刑)にむかってすすんでいく。したがって、この作品がジャンヌ・ダルクの裁判を描いているのは事実であるけれども、そのプロセスで誰かに共感を呼び起こすというような意味での心理的な展開やドラマはなく、それゆえ、ストーリーを要約することは、結果的になにも意味をもたないのである。とすると、この『ジャンヌ・ダルク裁判』、セリフは多いがセリフ劇ではないということになってしまう。

ブレッソン映画について語りたいこと、語らなくてはならないことはまだまだ多いが、とりあえずは、彼の作品における物語性の欠如を指摘しておこう。

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テーマ:フランス映画 - ジャンル:映画

  1. 2006/04/26(水) 11:12:31|
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  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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  1. 2006/05/04(木) 21:42:04 |
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