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白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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二つの親鸞伝・二つの親鸞像

親鸞思想の問題、先に進む前に、佐々木正氏、今井雅晴氏の著作から伝記の問題を少し整理しておこうと思います。

佐々木氏によれば、親鸞の伝記として『親鸞聖人正明伝』と『親鸞聖人正統伝』があるわけですが、「実証派」は、これらの伝記を採用しないわけです。
で、親鸞の思想形成の核心の一つとされる妻帯・破戒の実践について、伝承は、法然の命により、親鸞は(破戒は)不本意ながら、兼実の娘・玉日と結婚したとします。
ところで、伝承を採用しない場合、親鸞の妻帯を、どのような経緯で誰と結婚したのか新たに説明しなくてはならなくなるわけです(真宗関係者の前で語るということになれば、当然のことながら聴衆はこの点に強い関心をもつことになるでしょう)。
さて、越後時代の親鸞が恵信尼と結婚していたということは、伝承を承認する人もそれを否定する人もともに容認しています。そこで、この恵信尼といつ、どのような経緯で結ばれたのかということが、次の関心事として浮上してきます。
この点、伝承容認派の佐々木氏は、玉日が越後まで同行しなかった(できなかった?)ために、そこで新たに恵信尼と結婚した(恵信尼は玉日の侍女?)という説ですね。
伝承否定派にとっての大きな問題は、先にもあげたように、京都時代の親鸞の妻帯(女犯)の経緯等をどのように説明するかなのですが、否定派は、玉日との結婚という説をとらないので、どうしてもそれにかわる女性を想定せざるをえない。そのとき、実は親鸞と恵信尼が京都時代にすでに結婚していたといえれば、親鸞が(京都と越後で)複数の女性を妻としたといわなくて済むので、心情的に受け入れやすいということはあるのではないでしょうか。ですからそこに、恵信尼が実はもともと法然の弟子で、親鸞より先に法然に入門していた、親鸞は法然のもとで恵信尼を知り、見初めたのだという説がだされれば、とても受け入れやすいのだと思います。恵信尼の手紙の「き・けり」の文法に関する岡本嘉之氏の説「親鸞聖人と恵信尼公の出会いについて」(真宗教学学会東京大会レジュメ『近代における信仰的自覚』収載、1996年)というのは、おそらくそうした経緯で提示され、伝承否定派(たとえば今井氏)に受け入れられているのではないでしょうか。
岡本氏の説そのものは未確認ですので、今井氏の『親鸞の家族と門弟』から岡本氏の説の要点を記しておきますと、同じ過去をあらわす助動詞でも「き」は自分が実際に経験した過去をあらわし、「けり」は他人から伝え聞いた過去のことをあらわすという風に使い分けられられるのだが、たとえば親鸞の六角堂参籠について記した恵信尼の手紙には「百か日、降るにも照るにも、いかなる大事にもまいりてありしに」と記してあり、この叙述から、恵信尼がこの参籠事実を、伝聞ではなく、自分で目撃した過去として知っていたことになるというものです。ただこれは、推測するに、「き・けり」の文法が、恵信尼が親鸞より先に法然に入門していたという絶対的根拠だというのではなく、親鸞と恵信尼は京都で結婚していた蓋然性が高いのだが、とするとこの「き・けり」はその有力な傍証となるということなのではないかと思います。
ところがこの手紙について、伝承容認派の佐々木氏は、「書き慣れた達筆の文字である。日記を記した事実から娘時代、貴族や宮廷周辺に身を置いていたに違いない。しかし、どのような人間であれ、時間の経過によって、記憶のずれや空白を生みだす。まして30年以上の歳月を隔つ出来事や耳にはさんだ言葉であれば、なおさらではないか。さらに「私信」という性格を踏まえると、『恵信尼消息』を史料として絶対視する観点は、親鸞の史実と思想形成を明らかにする上で、誤りをおかす可能性を秘めていると言わねばならない」(『法然と親鸞』72-3頁)と、恵信尼の手紙そのものにあまり重きをおいていません。

佐々木氏の考え方と今井氏の考え方はどこまでいっても平行線で、史料問題を決着させないかぎり、結局、現代においては二つの親鸞伝・二つの親鸞像がありうる、としかいいようがありませんね。

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テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/07/06(木) 12:04:37|
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