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白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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悪人正機説は親鸞の説にあらずーー平雅行氏の『親鸞とその時代』を読む

今井雅晴氏および佐々木正氏の著作について、そして親鸞の「思想」について考える補助線として平雅行氏の『親鸞とその時代』(法蔵館、2001年)を読んでみました。以下、その内容を、私なりに簡単に要約してみます。

著作全体は五部にわかれ、それぞれの内容は①「専修念仏とその時代」、②「日本の女性と仏教」、③「親鸞と女犯偈」、④「親鸞の善人悪人観」、⑤「嘉禄の法難と聖覚・親鸞」と題されています。①は全体の序論、②と③は女人救済論として相補的な関係にあり、②と③の分析から明らかとなる中世初期の女性観、すなわち女性は一種穢れた存在であり仏教の直接的救済対象からは除かれるという考え方が④の悪人救済論と響き合います。⑤は親鸞が門弟に勧めた著作『唯信鈔』の著者・聖覚が嘉禄の専修念仏弾圧の主導者であったという事実の確認で、純粋な史料分析です。したがって、内容的には④が著作全体の柱といえるでしょう。
ところで、私がこの著作を読んだのはこれで二度目なのですが、最初は、①と②以下の記述のギャップのようなものにとまどい、平氏の真意をつかむことができずに終わってしまいました。今回もその印象は基本的に同じで、いわゆる「顕密体制論」に到る学説史を要約した本書の導入部「鎌倉仏教論の変容」(同書3-9頁)は非常に納得できるのですが、本論ではひたすら親鸞思想の解明が行われるため、結局、①がつけたし、もしくは親鸞論を行うための(それを「浄土仏教中心史観」とは受け止めないで欲しいという)弁解のようにしかとれないのです。
したがって前回読んだとき、私の読みは、②以下の本論を顕密体制論のなかにどのように位置づけたらいいのか、顕密体制論との関係のなかで平氏の意図はどこにあるのかという問題から一歩も進めなかったのですが、今回は逆に、①をある程度無視して、②以下を単論として読むという方針をとりました。その結果、②から⑤までに関しては、私なりに平氏の意図を把握できたように思うのですが、それが①とどのようにつながっているのかは、この文章を書いている現在でもまだよく理解できずにいます。

以上のことを前提にして、以下、④の部分を中心に本書をみていきます。
まず、平氏が要約する法然思想の核は次の二点です(同書44頁)。
a. 「念仏は阿弥陀仏の本願であるから、どのような人間でも念仏を称えるだけで極楽往生することができる。」(善導説)
b. 「念仏は阿弥陀仏が選ばれた唯一の本願であるから、念仏以外では往生できない。」(法然独自説)
私も、この二点を法然思想の核とすることに異存はありません。
ところで、a.に関しては、法然思想の核心の一つではありますが法然オリジナルの思想ではなく、天台宗をはじめとする他の仏教諸派からも公認されていました。たとえば、平安時代末期に編纂された『梁塵秘抄』には下掲のような今様があり、平氏は、「どのような悪人であっても念仏を称えるだけで極楽往生できる」という思潮が、法然以前にすでに流行歌として謡われていたことが明らかであるとします(同書21-2頁)。これはかなり挑発的で大胆な言い方ではありますが、論として無理はなく、納得できる見解なのではないでしょうか。

 弥陀の誓ひぞ頼もしき、十悪五逆の人なれど、一度御名を称ふれば、来迎引接疑はず

しかしここから、平氏は、さらに驚嘆すべき結論を導き出します。すなわち、いわゆる「悪人正機説」は、法然や親鸞のオリジナルの思想ではなくむしろ体制側の説であり、まして、この説と浄土宗弾圧は無関係である、と。
しかし、「悪人正機説」は、『歎異抄』などに明確に記してある親鸞の「思想」ではないでしょうか。親鸞の著作ではない『歎異抄』を史料としてどう受け止めるかの問題はさておき(平氏は、『歎異抄』は親鸞の著作ではないのでここから親鸞の思想を忖度することはできないとするものではありません)、「悪人正機説」を親鸞の思想であるとする見解を批判しながら平氏が主張するのは、親鸞が主張したのはいわば「悪人正因説」であるという見解で、平氏によれば、それは次のように要約されます。
「阿弥陀仏は末代の衆生を救済の正機としました。ところが、「疑心の善人」たちは、弥陀の正機であることも、末代に真実の善根が存在しないことにも気づいておらず、自らを善人と錯覚したまま、なお自力作善に励んでいます。そのため彼らは「仏智疑惑の罪」を背負っているのです。つまり、「疑心の善人」とは、ありていに言えば不信心の人のことです。不信心の人がマイナス価値なのは当然でしょう。一方、「他力の悪人」も末代の衆生の一員であり、弥陀の正機です。彼らは弥陀の誓願を理解し、悪人であることを自覚して他力の信心に入っています。つまり、「他力の悪人」とは信心をもった人の意に他なりません。ですから、悪人正因説とは、「不信心の者でも往生できる、況や信心の者の往生は当然だ」の意であり、別に特異なことを語ったものではありません。」(同書155頁)
平氏によれば、悪人正機説でいうところの「機」は、「機根」すなわち修行者の宗教的資質であり、ときには人間や衆生そのものを指します。したがって、「悪人を正機とする思想とは、「ある仏菩薩が悪人を中核的な救済対象にした」との意味」(同書124頁)となります。これに対して、正因の「因」とは「原因」であり、「悪人正因説」とは、「(他力の)悪人であることが救済の原因・根拠である」ということになるかと思います。つまり、正機説は、救済という事実を(救済する側から)平坦に述べているだけで、救済の因果関係にまで立ち入ったのが正因説だということになるでしょう。
ただここに、親鸞の悪人観がからんでくるために話は混乱してきます。つまり、親鸞が考えていたのは「悪人正因説」であるという見解にいたる基本的な前提として、平氏は、親鸞は末代の人間(=親鸞の同時代人)はすべて悪人だととらえていたとします(「通俗浄土教に見られた「善い人」と「悪い人」の別は消え去って、すべての人間が「穢悪の群生」ということになります」<同書143頁>)。したがって、親鸞の同時代にかぎっていえば、「善人」といっても世俗的な仮の言い方にすぎず、「善人」と対比しながら、「悪人」をことさら往生の対象とする理由はどこにもないことになります。教壇マルクス主義的に、親鸞の救済論と社会階層論をからめるような見解から、平氏の見解はほど遠いといえるでしょう。
これをもう少し具体的にみるとどうなるでしょうか。
「悪人正機説」そのものは法然・親鸞ではなくむしろ顕密仏教が主張した説であるとして、平氏は、『梁塵秘抄』にくわえて、たとえば専修念仏を弾圧した貞慶の『地蔵講式』を引きます。曰く、
「大聖の悲願、なんぞこの時を顧みざらんや。是を以て利益の世に新たなるや、末代はほとんど上代に過ぎ、感応の眼に満つるや、悪人かえって善人に超ゆ」。
貞慶によれば、地蔵菩薩にとっては、末代の悪人が(救済対象として)真っ先にその眼に飛び込んでくるのです。これこそ典型的な「悪人正機説」といえるのではないでしょうか。平氏が、「悪人正機説」は法然・親鸞のオリジナルではないと主張する所以です。
さて、以上の平氏の主張は、一般的な女人救済論批判(同書②③)とも通底します。
すなわち、「「女性は非常に罪深いため、数多くの経典や仏菩薩たちは女性の救済を拒絶してきた。しかし、そうしたなかにあって、○○だけは女性をお救いになるのだ。」これが女人救済論の典型です。ここでは女性の罪深さが強調されればされるほど、救済のカタルシスはよりいっそう劇的なものとなります。つまり女性の罪業を強調すればするほど女性信者が増大し、彼女たちはますます信仰にのめり込んでゆく」として、これを「差別的救済論」と断じています(同書81頁)。
つまり、「悪人正機説」もそうした「差別的救済論」に過ぎないというのが平氏による最終的な位置づけだと思います。
ただし、「悪人正因説」をふまえた親鸞思想の包括的な解明は、『親鸞とその時代』では行われません。本書、とくにその④は、ひたすら悪人正機説は親鸞の主張ではないという見解の説明にあてられ、「親鸞の信心為本の思想と、信の弥陀廻向論とは、もともと論理の矛盾を内包しています。そして両者をつなぎとめる危うい均衡の破綻、これがやがて親鸞を自然法爾思想へと向かわせた内的要因なのだろうと思うのですが、それはここのテーマからは大きく逸脱する問題です」(同書166-7頁)と、より大きな問題の存在を示唆しながら結ばれます。

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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/07/08(土) 11:08:04|
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