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白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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念仏の要文と法然ーー津戸三郎への手紙から

これは親鸞や『歎異抄』と直接の関係はありませんが、関東武士と浄土宗祖師との関係を知る参考として、法然が津戸三郎為守につかわした手紙(年代不明、九月二十八日付)に関する梶村昇氏の分析をみてみましょう。

まず、法然の手紙とその問題となる箇所は次のとおりです。

「おほつかなくおもひまいらせつる程に、この文返々よろこひてうけ給はり候ぬ。(中略)又要文の事、書きてまいらせ候へし。又くまかやの入道の文は、これへとりよせ候て、なをすへき事の候へは、そのゝちかきてまいらせ候へし。なに事も御文に申つくすへくも候はす、のちの便宜に又々申候へし。」(『昭和新修法然上人全集』571-2頁、平楽寺書店)

手紙の結びで、法然は、津戸三郎に念仏の要文を書いてあげようと約束し、また熊谷直実に宛てた文(おそらくこれも念仏の要文)は直すべき事があるので取り寄せるつもりであると記しています。梶村氏は、このことを問題にしているのです。
 
 「ここでいう「熊谷入道の文」は『(和語灯録)日講私記』のいう通り「但念仏の文」であり、それが「熊谷への消息」そのものであろうが、別に存在しているものであろうが、いずれにしても上人の書かれたものに違いない。
 そうなれば法然上人は、自分の書いた念仏の要文に間違いがあったから、取り返して訂正するということになる。そんなことが考えられるであろうか。そもそも上人にとって、念仏の要文など、間違いたくても間違えられるようなものではない。絶対といってよいほどあり得ないことだと思う。『日講私記』が、このように述べているので、今もこの説が踏襲されているようであるが、どうも納得のいかないものがある。
 私はこの「くまかやの入道の文」とは、法然上人が熊谷に渡した文ではなく、熊谷自身が書いた文ではないかと考える。これもまたシナリオめくが、関東では「無智者と念仏」の噂が立つほどであるから、それに対抗し、それが誤りであるということを主張するには、こちら側にもれっきとした証拠が必要になる。それは法然上人からの「念仏の要文」をおいて他にはない。そこで熊谷も津戸もそれを欲しがった。熊谷はすでにそれを上人からいただいている。それが法然上人の真筆「熊谷の入道へつかはす御返事」(五月二日付・京都嵯峨清涼寺所蔵)である。それは直実にとっては家宝のようなものであるから、それを津戸に渡すことはできない。
 熊谷が法然の門に入ったのは、津戸より二年前である。彼はあのような性格であるから、津戸に対しても先輩風を吹かせたくて仕様がない。そこで彼は自分がいただいたものを見ながら、津戸宛に書き直して進呈した。それが「くまかやの入道の文」ではなかったかと思う。熊谷はそのくらいのことはやりかねない。
 (中略)
 ところが(津戸)為守は、それをいただいて読んではみたが、どうもおかしい。そこで上人に尋ねた。上人はびっくりしたものの、直実の悪口を言いもならず、訂正して送ってあげるということになったのではなかろうか。以上は私の想像に過ぎないが、そうとでも考えないと、ここは収まらないものがある。」(梶村昇氏『津戸三郎為守ーー法然上人をめぐる関東武者3』85-7頁、東方出版、2000年)

津戸三郎がなぜ法然直筆の「念仏の要文」を欲しがったかというと、おそらく、法然という個人に帰依してはいても、専修念仏の信仰の要点はよく理解できなかった(納得していなかった)からではないでしょうか。
一方、法然直筆の念仏の要文を秘匿しようとしたり、親鸞の言行録を秘伝しようとする心性という面では、直実と唯円は共通してますね。

ちなみに、津戸三郎は、『更科日記』の作者の父、菅原孝標の孫です。孝標が常陸介として下向したとき、現地の豪族の娘と結婚して生まれたのが津戸三郎の父です。津戸一族が菅原氏であるという縁で、三郎は、谷保天満宮(国立市にある関東三大天神のひとつ)の初代・神主になっています。
専修念仏者であるはずの法然の直弟子が神主というのは、ちょっと考えると不思議な感じで、梶村氏は、その事実関係はよくわからないとしていますが、親鸞の門弟を詳しく調べた今井雅晴氏は、親鸞の門弟に神主がいたということを明らかにしています。それからすると、津戸三郎が谷保天神の神主だったというのは、むしろ十分ありうる話ではないかと私は思います。
この辺も、鎌倉時代初期の関東武士における浄土信仰の内容を考えるうえで、無視できない点ですね。

【参照】
谷保天満宮

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  1. 2006/07/16(日) 11:17:40|
  2. 仏教史&仏教思想
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