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白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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如来より賜はりたる信心

それでは今度は、伊藤益氏の主張を、『歎異抄』全体の核ともいえる第一条の分析にさかのぼってみてみましょう。

「信心こそが肝要だと述べるとき、弥陀への「信」は、衆生の側が主体的に獲得するものであるかのように見える。「信」とは、自己に纏わりつく「我」性を放擲して、自己の全霊を超越的な何ものかに委ねることを意味する。その場合、「我」性の放擲という事態は、我の側から主体的に遂行されるかのような外貌を呈するからである。だが、親鸞は、「信」を主体的に実践される事態とは見ていない。「弥陀の誓願不思議にたすけられ参らせて、往生をば遂ぐるなりと信じて念仏申さんと思ひたつこころのおこる」という事態こそが、親鸞にとって「信」の成立を意味していた。親鸞は、弥陀の誓願の不思議な働きに導かれて、往生できると信じながら念仏するという態度が成り立ちうると考えている。往生できると信じながら念仏することこそが、親鸞にとっての「信」であり、それは弥陀の力によって「おこる」ものであって、衆生の側が自力で起こすものではなかった。後述のごとく、歎異抄第六条には、「如来より賜はりたる信心」という言辞が見える。この言葉がもっとも端的に示すように、親鸞にとって「信」とは、弥陀の超越的な権能に働きかけられた衆生の側が受動的にそこへ導かれる事態であった。人間の主体性を重視する現代的思惟にとって、「信」を徹底的に受動的な事態とするこのような態度は、にわかには認めがたいかもしれない。すべての行為は、自己の独自な意志に基づいて自己決定的になされるというのが、わたしたち現代人に馴染んだ思考方法であり、これによれば、「信」もまた、自己自身の主体的決断に基づいて遂行される事態ということになろう。しかし、親鸞によれば、そのような主体的決断は、自己の善性を確信しうる仮想的人格によってのみ可能になるもので、現実の「罪悪深重・煩悩熾盛」なる衆生のなしうるところではない。深くかつ重い罪悪のうちに沈み、煩悩の炎の燃え盛るわたしたち凡愚は、自身に纏綿して離れない悪性のゆえに、生来無力たらざるをえない。そのような無力な者がみずから意志して弥陀への「信」を確定することなどありえようはずもない。親鸞は、そう考えていた。」(『歎異抄論究』38-9頁)

私は、この主張(分析)に全面的に賛成です。
浄土宗の伝播というと、教科書的には、通常、「<念仏を称えれば誰でも往生できるし、往生するのに念仏以外の行はいらない>という教義が簡潔・わかりやすく、かつ、それまで仏教による救済から排除されていた(武士を含む)一般庶民を救済対象としていたので、庶民はその教義に共感を感じ、専修念仏の信者になった」という風に理解されていると思いますが、教義がわかりやすいから信じる、教義が民主的だから信じるというのは、伊藤氏の論旨からすれば、「主体的に実践される」自力の信なのですね。そうではなくて、信は「弥陀の誓願の不思議な働きに導かれて」ておこるものであり、これこそ他力なのだと思います。
つまり、衆生は信をおこすことができない。ましてや、聖道門(旧仏教)か浄土門(新仏教)かと、信を選ぶこともできない。ですから、実を言えば、私は人がなぜ信をおこすかというのは神秘的な事態だと思います(伊藤氏は「神秘的」という言葉があまり好きではないようにみうけられますが)。
この第一条の分析を前提に、伊藤氏の『歎異抄』第二条の分析をもう一度みてみましょう。

「親鸞が、「ことば」への不信者を徹底して拒絶するのは、第一条への論究において述べたように、彼が、「信」を受動的な事態ととらえたからである。親鸞によれば、「信」は衆生の側が独力で主体的に獲得しうるものではなく、如来から衆生に付与されるものであった。すなわち、親鸞にとって、「信」とは徹頭徹尾受動的な事態だった。そうした受動性を見据えながら「ことば」への不信者に接するとき、親鸞は不信者を、「ことば」から呼びかけられていない者、すなわち、弥陀において開示される真理に働きかけられていない者ととらえざるをえなかった。そうした、真理(弥陀)から疎遠な在りかたを親鸞は厳しく指弾する。弥陀によって「信」へといざなわれていない者に何を語っても無駄である。親鸞は、そう考えていた。」(上掲書63頁)

ある人が専修念仏の信者となりうるか否かは、究極的にはその人が弥陀から選ばれているか否かで決定するのであって、その人が社会的に差別されているか否かといった世俗的な問題は、それとは全く関係ない。また、ある人が関東からはるばる自分のところを尋ねてこようが来まいが、そのことと信仰は関係がない。
浄土仏教についての記述によくありがちな、親鸞の思想を民主主義や人道主義の観点から捉えようという試みは、無理な試みではないかと私は思います。

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テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/07/21(金) 13:57:20|
  2. 仏教史&仏教思想
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