le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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真理の住みつく場としての「ことば」

前の記事は少し説明不足かもしれませんから、つけ足しておきますと、伊藤益氏のいう「ことば」というのは、たとえば、経典やその注釈書さらには阿弥陀仏の第十八願といった「言葉」のことではないのだろうと思います。その辺のところをもう少し明確にするために、伊藤氏の著作のなかから、前に引用した文章と関連する部分を以下に抜き出してみます。

「この点に関して留意すべきは、大峯顕『親鸞のコスモロジー』<法蔵館、1990年、私は未読>が展開する宗教言語論である。それによれば、親鸞は、法統の連綿たる持続性をその内部から支える人格性に信憑を寄せているのではなく、むしろ、法統のなかで各々の人格性において開示される「ことば」に信を置いているのだ、という。すなわち、親鸞は、ある具体的なことばが弥陀や釈尊、あるいは善導、法然によって語られたがゆえに正しいといっているのではない。決定的な真実性に蔽い尽くされた「ことば」が、法統を構成する人格を媒介として「世界」へと開き示されてあるその姿のうちに、親鸞は真理の呼びかけを聞き取っているものと考えられる。「ことば」を人間が真理(存在)を語るための手段としてではなく、そのただなかに真理(存在)が住みつく場としてとらえたのはハイデガーであった。大峯顕の宗教言語論は、親鸞が、ハイデガーないしはハイデガー的(実存論的)な思索を先取りし、「ことば」を真理(存在)の住みかとする思索を披瀝しているのだ、とする。」(伊藤益氏『歎異抄論究』58-9頁)

ハイデガーはともかく、親鸞が「ことば」を真理(存在)の住みつく場としてとらえようとしていたという考え方は、私には魅力的です。そしてこの場合の「ことば」というのは、突き詰めていけば、「南無阿弥陀仏」と、それからあえていえば「弥陀」ではないでしょうか。いずれにしても文章化された命題のようなものではないと思います。

さて、大峯・伊藤両氏の考え方に影響されたというわけではありませんが、法然・親鸞の「思想」を考えるとき、私は、浄土三部教なり阿弥陀の第十八願の分析からはいるという方法論をとりません。これらの経典は、法然以前からあったわけですが、法然の思想はそれらから導き出された帰結ではないと思うからです。
親鸞はさておき、法然の場合、まず自己の思索なり宗教体験があって、それを正当化しようとすると浄土三部経に対する善導の解釈があったということではないでしょうか。いわば、法然の「読み」というのは、経典や善導の解釈の新たな意味の発見だったのだと思います。ある時、これらの経典等に記された言葉をとおして真理が法然に開示されたのだといってもいい。その新たな意味というのが、経典や注釈書の解釈として正しいかどうかは別の問題で、法然が主張するのは、それらが法然の解釈のようにも読めるということではないでしょうか。当然、既存仏教は、その解釈はあまりにも恣意的だと非難するわけです。
ですから、繰り返しますと、法然に生じたことというのは、第十八願が正確にはどのような意味をもつかという問題ではないのだと思います。そうではなくて、「ことば」の方から法然にやってきた。なんというか、その「やってきた」ということがものすごい意味をもつということではないでしょうか。とすると、これは「やってこない」人には永遠に説明できないかもしれない。法然がその著作等でいつも語っているのは「何がやってきたか」なのですが(その「何か」もしくは「何かを記した言葉」自体はある意味で単純)、「やってきた」という事実性については、法然はあまり語らない。私は、親鸞にも、兼実にも、直実にも、それ(es)は訪れたのだろうと思います。ただその自己を訪れたもの(es)をあらためて言語化しようとすると、各人ばらばらになってしまう。その時、それをつなぐ文字通りの核が「南無阿弥陀仏」であり「弥陀」という「ことば」なのではないでしょうか。これは、通常語られるところの言葉の意味、すなわちソシュールの術語でいえばシニフィエ(所記)というよりは、シニフィアン(能記)としての「ことば」ですね。意味から解き放たれた音の連なりです。いったんこれを解釈(意味付け)しようとしたらどのようにでも解釈できる。
ですから、この事態はそれ以上説明しようがない、説明したら別のものになってしまうという法然、親鸞の態度は極めて正しいのだと思います。

ところで、この辺の、法然の「法然の思想形成の中核をなすものは、まさしく法然独自のもの」という私の捉え方は、基本的に、井上光貞氏と一致します。
「法然の宗教的回心には、「往生要集」・「観経疏」・「往生礼賛偈」などはもとより、あるいは奈良の、あるいは天台の諸説などさまざまの契機を考えねばならない。しかし、これらはいずれかといえば思想形成に対する触媒的契機であつて、法然の回心の中核を貫いているものは法然独自の発想・体験・発見であろうということである。そのことは「往生要集」及び「観経疏」についてもいわれるのである。」(井上光貞氏『新訂日本浄土教成立史の研究』314頁、山川出版社、1975年)

【参考】
「シニフィアンとシニフィエ」(Wikipedia)

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テーマ:言語学・言語論 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/07/23(日) 17:51:53|
  2. 仏教史&仏教思想
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