le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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現実へのしなやかな抗議ーー大島弓子『つるばらつるばら』

…ということで、気になる大島弓子の作品集『つるばらつるばら』(白泉社文庫)を読んでみた。表題作『つるばらつるばら』のほか、『夏の夜の獏』『ダイエット』『毎日が夏休み』『恋はニュートンのリンゴ』を収録。作品は1988年から1990年にかけて『ASUKA』に発表されたものだが、その感覚は今読んでもみずみずしい。

tsurubara.jpg

作品のテーマは、『夏の夜の獏』など三作が家族の崩壊(離婚)と再生を扱った深刻なもの。しかしそれとは逆に、絵のタッチはどこまでいってもかわいらしくファンタスティックだ。
また『夏の夜の獏』をはじめとする作品の主人公たちは、コミュニケーションを失いつつある大人たちの世界から身を守るため、みずからを大人化し、大人たちを子供とみている(そうした視線をもった主人公たちが、自分の実年齢の子供たちや兄弟たちと交流できないのはこれも当然で、主人公の多くは登校拒否して学校には行っていない)。
そんなちょっとこわいくらいの内容を、それとはアンバランスなまるでメルヘンのような絵で描く。それが大島弓子の世界だと、最初にあらためて確認。
さて、作品集『つるばらつるばら』に描かれる世界のなかでは、平和で安穏な家庭はすでに崩壊してしまっており、大島弓子は、読者をいやおうなくその崩壊した世界に引きずりこむのだが、その世界の悲惨をストレートに訴えることなど少しも眼中にはない。そうではなくて、彼女が主張するのは、その悲惨な世界に対してある違和感をもって抗議すること、崩壊した世界にある絶対の世界を対峙させ、その絶対の世界に殉ずることを選ぶことなのだと思う。だから大島弓子は、絵柄からうける表層的な印象とは異なり、現実を回避し、幻想の世界のなかに閉じこもった安直なファンタジー作家などではけしてない。大島弓子の作品全体が、世界の崩壊に対する一種の警告なのであり、その警告は、真剣になればなるほどメルヘンの色調をおびる。このギャップが大島弓子の魅力なのだ。
また作品集『つるばらつるばら』では、一種のエレクトラ・コンプレックスが隠れた主題のひとつであるようにも思われる(このちょっとあやうい主題を描くときにも、大島弓子はメルヘンの外装をけして崩さない)。『ダイエット』『毎日が夏休み』では、主人公は母の連れ子であり、父親(義父)はもっとも身近な異性である。主人公たちは母をとおして、母の恋人としてそうした父親に接する。したがって父には距離感があり、父には簡単に近づけない(その距離感が、『毎日が夏休み』では逆に、罪を分け合う共犯者のような親密な父娘をうみだす)。
作品集『つるばらつるばら』のなかに、ラブ・ストーリーはあるが、それは通常の意味でのボーイ・ミート・ガールの話ではない。つまり大島弓子が描く恋は、きっかけもプロセスもない、みずから選ぶことすら許されない運命の恋だ。
『恋はニュートンのリンゴ』では、主人公・甘木三時子は大学生・泡盛給二に一方的な恋をするが、周囲からは(そして給二からも)まったく理解されない。大島弓子はその恋がなぜ報われないのかという不条理を一生懸命問いかけるのだが、一般的にいえば、それは三時子が小学二年生でしかないからだ。
さて表題作の『つるばらつるばら』。私には、この作品は作品集のなかで最も難解なのだが、話の構造は自体は『恋はニュートンのリンゴ』とよく似ている。主人公・富士多継雄は、小さい頃から、細い路地、バラの垣根、石段、木のドアのある家をよく夢に見た。そして夢に殉じて生きるしかない自分を見つめながら成長してきた。夢のなかで継雄は「たよ子」と呼びかけられる。継雄は、たよ子となって自分に呼びかけてきた男と結婚すると決め、ゲイボーイになって、夢の中の家と男を探し続ける。60歳を過ぎた2030年、整形をしなければゲイボーイとしての美貌を維持できなくなった継雄は、ふらっと倒れた街角でついに夢の家と男をみつけ、男と結ばれる。
三時子も継雄も、普通の意味では、じぶんがなぜ相手を愛するか説明できないであろう。
ちなみに、タイトルの「つるばらつるばら」は、「つるかめつるかめ」と「くわばらくわばら」を組み合わせた厄よけの造語という。しかし作品のなかで厄よけに効果があったかどうか、私には少しもさだかでない(*^_^*)。

   *   *   *

犬童一心監督が準備したという『つるばらつるばら』のシナリオがどのようなものか、私には見当もつかないが、『つるばらつるばら』という作品集は、『メゾン・ド・ヒミコ』を読み解くための重要なヒントをたくさん提供してくれるように思う。
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  1. 2005/09/02(金) 14:06:03|
  2. コミック
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:5
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コメント

コメントとリンクありがとうございました

ポツドールと少女マンガが好きな人です。(笑)
メゾン・ド・ヒミコは田中眠さん好きの方から誘われたのですが行きませんでした。
そうか、「少女マンガ好き」としていくべきだったのか。
大島弓子は『綿の国星』と『秋日子かく語りき』しか読んだことないので、これもいつか読んでみたいです。
  1. 2005/11/03(木) 18:36:44 |
  2. URL |
  3. John #-
  4. [ 編集]

ポツドール

ポツドールと少女マンガという組み合わせ、互いにほんとキモいですよね(笑)。
ポツドールの公演は、第6回の『身体検査』以来、ずっと観ていたのですが、第13回の『愛の渦』だけ観逃してしまいました。個人的なベストは、最初にみた『身体検査』かな。ポツドールのこと、Johnさんの記事(9月10日付)のなかにあった「自分の演劇はリアルではない」という三浦大輔の発言、興味深かったです。
ポツドールの公演、これまでいろいろな人を誘って行きましたが、今度は宇野邦一さんあたりに声をかけてみたいと思っています。

『メゾン・ド・ヒミコ』は、ポツドールとは違う意味だけど、ギリギリのところでやってる映画だと思います。

(当方から、9月10日付の記事にリンク貼ろうと思ったのですが、うまくいかなかったので、Johnさんの方からTBして頂ければうれしいです。 )
  1. 2005/11/03(木) 23:56:54 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

「リリシズム」の語り部

Johnさん、TBありがとうございます。
少女マンガ・ファンとしては、ポツドールの「リリシズム」の語り部でありたいと思っています(笑)。
  1. 2005/11/05(土) 01:35:35 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
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  1. 2005/11/13(日) 11:34:14 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

はじめまして

こんにちは!また、遊びに来ます。
  1. 2008/11/21(金) 12:54:21 |
  2. URL |
  3. sachi #-
  4. [ 編集]

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ニセS高原から@駒場アゴラ劇場byポツドール(三浦大輔)

~今回はメールで打った文章の改稿です~ 現在自分は、ITIの演劇養成プログラムに参加しています。具体的にはさまざまな演劇(ダンスも含む)を鑑賞し、その後、駒場の教官の内野儀さん司会で、学生から演出家に
  1. 2005/11/04(金) 20:27:25 |
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