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白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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「暗号」を解読する能力

直前の記事では、親鸞の超越者観、言語観と比較するために、井筒俊彦氏の論考からイスラームにおける超越者観、言語観の一端をみてみました。私は、井筒氏のいう「暗号」というのは、啓示、もしくは超越者とのコミュニケーションを考えるうえで、非常におもしろい概念だと思います。つまり、「暗号」というのは、直接は理解できないという面とあるプロセスを通過することで理解可能となるという面との、二つの側面をもっているのですね。と同時に、「暗号」が送られてきた瞬間に、それがなんらかのシグナルなのか、それともただのでたらめな雑音なのか、受信者が(直観的に)みわけないと、暗号解読のプロセスには移行できない。受信者が暗号とただの雑音を受信時にみわけているとすると、暗号というのは単なる雑音とは異なるなんらかの特徴をもっているか、受信者がそうした特殊能力をもっているかいずれかでなくてはなりません。イスラームの場合後者の見解に近く、暗号解読者は預言者と呼ばれ、その「解」は絶対です。
浄土仏教の場合、送信者である阿弥陀仏の側に特殊性・超越性を認め、原則的には、その発する慈悲の信号(暗号)は誰でも受信可能・解読可能とされます。とすれば、信号そのものがある特徴をもっているという考え方に近いのではないかと思いますが、その辺のところは、教理的には明確ではありません。ただいずれにしても、阿弥陀仏が発した信号(本願招喚の勅命)をそれとして理解するためには、受信者にも、最終的にある能力もしくは感受性のようなものが必要とされるのではないでしょうか。そしてその能力は、自分で開発する(自力)ことはできず、超越者の善意に待つしかない(他力)ということなのだろうと思います。
とすればどうしても、(理論的には)阿弥陀仏が送っている信号を信号として受信できない人の存在を考えなくてはならない。浄土仏教の教えは普遍的、実行が容易とは一般にいわれることですが、以上のような点をつきつめていくと、ぎりぎりのところで、それは、無差別にすべての人を救済するものではないと考えるべきではないでしょうか。
この問題点を非常に明確に指摘しているのが伊藤益氏ですね。『歎異抄』第十一条の分析
「誓願と名号」のなかで、伊藤氏は次のように述べています。
「親鸞は、不信者の救済を徹底して否定しているといわざるをえない。自己存在にまつわる根源的な悪性に苦悩する凡愚、煩悩を捨て切れずにこまでも現世に執着する人間は、弥陀の本願を疑わないかぎり、その本願の対象となりうる。だが、本願を疑い、念仏の教えを謗る者は、永遠に救われない、と親鸞は断ずる。親鸞は、弥陀ないしは仏法を信じない者までもが、仏の慈悲の心によって救われるという考えとは、終始無縁であった。」(『歎異抄論究』、北樹出版、2003年、198頁)

ところで、こうした言い方をすると顔をしかめる人もいるかもしれませんが、親鸞における「ナムアミダブツ」というのも、最初は一種の暗号として彼に体験され、次にそれが阿弥陀仏の本願ないしは慈悲を示す言葉として、親鸞の内部で位相を転換していったのではないでしょうか。その位相転換を自分自身で体験しているので、親鸞にはある種の「強さ」があるのだと思います。
しかしその転換を体験することなく、結果としての「解」だけを教説として与えられても、一般の人はなかなか信仰に入ることができないのですね。鎌倉時代に法然や親鸞の周囲にいた民衆のなかに生じたとまどい(「南無阿弥陀仏」ととなえるだけでほんとうに往生できるのか)や教団の分裂というのは、そうした構造的なところから生じたのではないかと私は思います。また、『選択集』(法然)や『教行信証』(親鸞)から浄土仏教の思想を読みとるということの難しさも、そうしたところにあるのではないでしょうか。

そうしたなかで、大峯顯氏の『親鸞のコスモロジー』(法蔵館、1990年)は、親鸞の内面にまで踏み込んで、思想・信仰が生まれる瞬間を明らかにしようとしたすぐれた著作ではないかと、私は思います。

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テーマ:信仰・希望・愛 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/08/27(日) 13:40:02|
  2. 仏教史&仏教思想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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