le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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親鸞の言葉から

いろいろ回り道をしましたが、親鸞の「思想」、現代の解釈から遡及して検討していくだけでなく、親鸞自身の言説にそって考えていった方がよいかとも思いますので、私見により要文抜き出しておきます。

   *    *    *

まずは、信心全般について。この文章が親鸞の信心観の全体像を語っているかは別として、私からすると、信心の困難さを具体的に指摘した非常に重要な言説です。一般には、浄土宗・浄土真宗というとその行(念仏)の容易さだけが強調されて、経典や親鸞の文章のなかに、信心の困難さについて述べた文章があることはあまり重要視されていないのですね。
「信心をえがたきことを経(『称讃浄土経』)には、「極難信法」とのたまへり。しかれば『大経』(『大無量寿経』)には、「若聞斯経、信楽受持、難中之難、無過此難」とおしへたまへり。この文のこゝろは、もしこの経をきゝて、信ずることかたきがなかにかたし、これにすぎてかたきことなしとのたまへる御のりなり。」(『唯信抄文意』)

往生のために特別の修行や持戒、莫大な喜捨、特殊な知識等が必要ではないということは浄土宗・浄土真宗の教義の大きな特徴です。それは、通常、救済の機会を無限に増やしたいという阿弥陀仏の慈悲の大きさから説明されますが、それだけではなく、浄土仏教では、上に記したような困難な信心が瞬間的に生じ、その瞬間的に生じる信心が救済を決定するからともいえるのではないでしょうか。つまり、修行や知識というのは、悟りや救済に向けての段階的・漸進的アプローチという側面をもっているわけですが、信心が瞬間的に生じるとされるとき、漸進的アプローチは(構造的に)完全に否定されます。それを明確に指摘しているのが、次の二分類ですね。
「二教といふは、一には頓教、二には漸教なり。いまこの教は頓教なり。」(親鸞消息<正嘉元年[1257]?閏三月二日付>)
ちなみに、浄土宗は、往生のために修行等を必要としないので、易行とされるわけです。親鸞の思想では、この容易さが信心に裏打ちされているということはすでにたびたび強調してきましたが、人々の心に信心が起こるという確実な保証はどこにもない。親鸞によれば、そもそも信心を起こすということができない(「如来より賜はりたる信心」)。となれば、凡人には段階的アプローチの方が確実で容易という考え方が生じるのも当然で、要するに、宗教における「容易さ」というのは相対的なものではないかと私は考えます(したがって、宗教においては、容易だからすぐれているという考え方を私はとりません)。

たとえば、法然の言葉を引用しながら、信心は「知」とは無縁であると親鸞は明確に記しています。しかしこれも、信心が能力とは関係ない突然生じる(突然生じさせられる)ものだからということを考え合わせて読むべきではないでしょうか。
「故法然聖人は「浄土宗のひとは愚者になりて往生す」と候しことを、たしかにうけたまはり候しうへに、ものもおぼえぬあさましき人々のまいりたるを御覧じては、「往生必定すべし」とて、えませたまひしをみまいらせ候き。ふみさたして、さかさかしきひとのまいりたるをば、「往生はいかゞあらんずらん」と、たしかにうけたまはりき」(親鸞消息<文応元年[1260]十一月十三日付>)

次に、当ブログでもたびたび問題にしてきた「聞く」ということについての親鸞自身による説明。これも、親鸞がつねにこの文章のように考えていたかどうかはわかりませんが、聞くということを、単にモノオトを知覚するというだけでなく、信心と深く結び付けて考えていたことがうかがわれると思います。
「(『無量寿経』に)「聞其名号」といふは、本願の名号をきくとのたまへるなり。きくといふは、本願をきゝてうたがうこゝろなきを、「聞」といふなり。またきくといふは、信心をあらわす御のりなり。」(『一念多念文意』)

以上のようなことを考え合わせると、浄土宗の教えは、理論的には普遍的でも、現実にはそれに納得できない人、誤解する人が多かったという事実を否定できないのではないでしょうか。みずから布教に携わっていた分だけ、親鸞は、この事実を強く感じていたと思います。
「往生をねがはせたまふひとびとの御なかにも御こゝろえぬこともさふらひき。いまもさこそさふらふらめとおぼえさふらふ。京にもこゝろえずしてやうやうにまどひあふてさふらふめり。くにぐににもおほくきこえさふらふ。法然聖人の御弟子のなかにも、われはゆゝしき学生などゝおもひあひたるひとびとも、この世にはみなやうやうに法文をいひかへて、身もまどひ、ひとをもまどはして、わづらひあふてさふらふめり。聖経のをしへをもみずしらぬ、をのをののやうにおはしますひとびとは、往生にさはりなしとばかりいふをききて、あしざまに御こゝろえあること、おほくさふらひき。いまもさこそさふらふらめとおぼえさふらふ。」(親鸞消息<建長四年[1252]二月二十四日付>)

そうした人は、結局、「眼なき人」「耳なき人」であり、浄土宗とは無縁の人と見なさざるをえません。
「詮ずるところは、そらごとをまふし、ひがごとにふれて、念仏の人々におほせられつけて、念仏をとゞめんと、ところの領家・地頭・名主の御はからひどものさふらふんこと、よくよくやうあるべきことなり。そのゆへは、釈迦如来のみことには、念仏する人をそしるものをば、「名無眼人」とゝき、「名無耳人」とおほせおかれたることにさふらふ。善導和尚は、
 五濁増時多疑謗
 道俗相嫌不用聞
 見有修行起瞋毒
 方便破壊競生怨
とたしかに釈しおかせたまひたり。この世のならひにて、念仏をさまたげん人は、そのところの領家・地頭・名主のやうあることにてこそさふらはめ、とかくまふすべきにあらず。念仏せんひとびとは、かのさまたげをなさんひとをばあはれみをなし、不便におもふて、念仏をもねんごろにまふして、さまたげなさんを、たすけさせたまふべしとこそ、ふるき人はまふされさふらひしか。」(親鸞消息<建長七年?[1255]九月二日付>)


また、現実問題として、一端信仰に入ったようにみえた人の信仰が動揺することがあるというのも、信心がまことではないことが表面化したというだけであって、一面では悲しくもあるが、同時にもう一つの面では良きことと考えざるを得ない。それはもはや、親鸞とは無縁の世界のできごとであるということになってしまうと思います。
「奥郡のひとびとの慈信坊(=親鸞の実子・善鸞)にすかされて、信心みなうかれあふておはしさふらふなること、かへすがへすあはれにかなしふおぼへさふらふ。これ(私)もひとびとをすかしまふしたるやうにきこえさふらふこと、かへすがへすあさましくおぼへさふらふ。それも日ごろ、ひとびとの信のさだまらずさふらひけることのあらはれてきこえさふらふ、かへすがへす不便にさふらひけり。慈信坊のまふすことによりて、ひとびとの日ごろの信のたぢろぎてあふておはしましさふらふも、詮ずるところは、ひとびとの信心のまことならぬことのあらはれてさふらふ、よきことにてさふらふ。それをひとびとは、これよりまふしたるやうにおぼしめしあふてさふらふこそ、あさましくさふらへ。」(親鸞消息<建長八年?[1256]正月九日付>)

   *    *    *

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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/09/01(金) 12:43:03|
  2. 仏教史&仏教思想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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