le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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紳士と古いトランクとダンス

このブログを突然はじめたために、せっかくアクセスしても、なぜ私がロックの『人間知性論』を読んでいるか、文脈がわからないという方が大半と思う。実は私は6月にとある発表を行ったのだが、それがロックの思想(哲学的には、通常、「経験論」と位置づけられる)と深いかかわりをもっていたため、ロックの主著である『人間知性論』をきちんと読んでおく必要を痛感したのだ。
と同時に、18世紀思想全体を鳥瞰するため、この領域におけるもはや古典的研究ともいうべきフーコーの『言葉と物』もこのところずっと私の関心のなかにあり、まずは7月末に『言葉と物』を読み終えたので、引き続き『人間知性論』にとりかかっているというわけだ。改めて読んでみると、観念の分析(第2巻)から言語の分析(第3巻)へとすすむ『人間知性論』の議論展開は、まさに「言葉と物」のかかわりそのものを問題にしているといえ、フーコーの関心を掘り下げていくのに、ロックの『人間知性論』はかっこうの入門書といえると思う。
(『言葉と物』と『人間知性論』を続けて読みながらの私の関心事は他にもあるが、それはおいおい書いていきたい。)

ところで、『人間知性論』を読みながらベートーヴェンのCDを聴くというと、それではどちらにも集中できないのではないかとおしかりがありそうだが(^_^)、時間に追われる生活のなかではそれもやむなしとせざるを得ないといちおう弁解しておこう。
それはさておき、『人間知性論』のなかに、次のようなおもしろい記述があったので引用しておく。

「それはある若い紳士のことで、その紳士はダンスを習い、しかも、たいへん完全に習ったが、その習った室に、たまたま、古いトランクがあった。この目だった家庭用品の観念がその紳士のダンス全体の回転や歩調の観念と混じり合ってしまい、そのため、紳士はその部屋では見事に踊れるが、それもトランクが部屋にある間だけだったし、他のどんな場所でも、そのトランクあるいはそんなような別のトランクが室内の然るべき位置にないと、うまく踊れないのだった」(『人間知性論』第2巻第33章、大槻春彦訳)

なにか、フロイトを先取りしたような記述だと思う。
さて、私のなかで、ベートーヴェンの音楽が『人間知性論』の議論を思い起こさせる引き金になるかは、う~む???
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  1. 2005/08/23(火) 15:23:21|
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