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白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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マーラー第5交響曲演奏史ーー映画『春の雪』に触発されながら

映画『春の雪』(行定勲監督)を観ていたら、綾倉聡子の婚約者・治典王がSPレコードをかけるシーンおよびそれに続く聡子からの手紙が主人公の松枝清顕に届けられ清顕が読まずに燃やすという重要なシーンでマーラーの交響曲第5番第4楽章「アダージェット」が使われており、非常に驚いた。
このアダージェットは、ルキノ・ヴィスコンティが『ヴェニスに死す』(1971年日本公開)のタイトル音楽に使い世界的に有名になった曲だが、行定監督がマーラーのアダージェットを使用したのは、ヴィスコンティへのオマージュではないかとも思え、興味深かった。
(1970年に死んだ三島は、もちろん『ヴェニスに死す』を観てはいないが、1970年に日本公開された前作『地獄に堕ちた勇者ども』については、「荘重にして暗鬱、耽美的にして醜怪、形容を絶するような高度の映画作品」(『映画芸術』1970年4月号)と絶賛している。)
以下、マーラー第5交響曲の演奏史について調べてみたことを簡単にメモしておく。

マーラー第5交響曲の初演は1904年(明治37年)。その7年後の1911年(明治44年)にマーラーは亡くなっている。
大正のはじめと時代設定されている『春の雪』のなかでマーラーの第5交響曲が使用されているのは、この事実だけとってみれば不可能なことではない。
ただ問題は、その演奏をSPレコードで聴くという設定にあり、調べた限りでは、マーラーのアダージェットの録音は、ウィレム・メンゲルベルク指揮のアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のものが最初で1920年(大正9年)。次は、トーマス・マンと親交があったブルーノ・ワルター指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のもので1938年(昭和15年)録音。マーラーの音楽は、マーラーの生前から賛否両論で当時の音楽界に受け入れられていたとはいえず、この時代、メンゲルベルクとブルーノ・ワルター以外の人がこの曲を演奏したり、ましてや録音しているということはまず考えられない。また、マーラーの交響曲は長大なため全曲録音が困難で、メンゲルベルク、ブルーノ・ワルターとも、戦前はアダージェットのみの部分録音しか残していない。
参考までに、ブルーノ・ワルターとともにマーラーに師事したオットー・クレンペラー(トーマス・マンとのかかわりでいえば、彼はマンの小説『ファウスト博士』のなかで、主人公アードリアーン・レーヴァーキューンが作曲した仮空の前衛的音楽作品『デューラーの木版画による黙示録』の初演者ということになっている。ちなみに、クレンペラーは、私が最も尊敬する指揮者である)はこの曲をまったく演奏しておらず、次のように酷評している。
「現在わたしは『なき子を偲ぶ歌』や『さすらう若人の歌』と、いくつかの交響曲が好きですが、交響曲すべてが好きなのではありません。つまり、わたしはのぼせあがった馬鹿ではないということです。わたしはマーラーの書いたものならなんでも好きだというわけではないのです。第一交響曲はこれまでに一度しか指揮したことがなく、わたしはこの曲の終楽章が大きらいです。第五交響曲では第一楽章の葬送行進曲は大好きですが、スケルツォは長すぎます。それからアダージェットーーハープと弦楽のための小曲ーーはとてもよい曲だが、まるでサロン・ミュージックです。終楽章もやはり長すぎる。だからわたしはこの交響曲を指揮したことがないのです。」(P・ヘイワース編『クレンペラーとの対話』、佐藤章訳、白水社、1976年、50頁)
こうした点から判断すると、映画『春の雪』のなかに出てきたマーラー・アダージェットのSP盤というのは、現実には存在しえない幻のレコードというしかなさそうだ。ただし、現実には存在しえないといっても、作品行為としてそれを存在させるということはあってもいいと私は思う。その場合、当時の音楽界に受け入れられていたとは思えないマーラーのSP盤を購入し、それを婚約者に聴かせるという行為は、治典王の性格づけの問題とからんでくる。もっとも、映画を観ている限り、行定監督がそこまで深く考えていたようには思えないのだが…。

ところで、日本では、マーラーの音楽は意外なほど早く紹介されている。
これは、マーラーの影響を受けたユダヤ人の指揮者クラウス・プリングスハイムが、日本への楽旅のなかで、マーラーを意図的に取りあげているためで、マーラーの第5交響曲は、プリングスハイムの指揮の指揮により1932年(昭和9年)日比谷公会堂で日本初演されている(オーケストラは東京音楽学校管弦楽部)。ちなみに、クラウス・プリングスハイムは、トーマス・マン夫人、カーチャの双子の兄妹。
映画とマーラーという点では、ヴィスコンティの前に、たとえば大島渚が『新宿泥棒日記』(1969年公開)のラストでマーラーの第8交響曲を使用しているのだが、この映画でマーラーの交響曲が使用されていることについての分析、私はまだほとんど読んだことがない。ちなみに、マーラーの第8交響曲はゲーテ『ファウスト』のテクストが使用されており、救済をテーマとするそのテクストは、『新宿泥棒日記』の内容と深く結びついている。

   *    *    *

『ファウスト』といえば、三島の小説『春の雪』では、清顕が聡子をさそった帝劇の演目は歌舞伎なのだが、映画ではそれがグノーのオペラ『ファウスト』にかわっていた。
映画を観ながらこの変更の理由をいろいろ考えていたのだが、私はいまだ明確な結論に達することができずにいる。
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テーマ:音楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2005/10/30(日) 11:40:18|
  2. クラシック音楽
  3. | トラックバック:5
  4. | コメント:5
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コメント

こんにちは。
拙者のマーラーについての個人的見解を、トラックバックさせていただきました。
たわごとと思って、読んでくださいましたら有り難いです。。
よろしくです。
  1. 2005/11/03(木) 23:26:16 |
  2. URL |
  3. 舵 #-
  4. [ 編集]

マーラーとレハール

梶さん、ようこそ。
ヴィスコンティの『ヴェニスに死す』は、アッシェンバッハの芸術が同時代人から否定的に受け取られていたことの象徴としてマーラーの音楽を使っており、時代背景を示す音楽としてはむしろレハールの『メリー・ウィドウ』を使っていますが、『春の雪』のマーラーの使用にはそうした配慮が感じられず、マーラーのアダージェットが単なるムード音楽のように配されているのは、ちょっとがっかりです。
  1. 2005/11/04(金) 00:22:21 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

またまたおじゃまいたします。
拙者のブログにいただいたコメントに、
>三島だから海外でもいろいろ上映されると思う
とありましたが、これは定かな情報ですか?
韓国で上映されたように、もし他の国でも上映されるのが確実ならば、その情報を追いたいのですが。

もしご存知でしたら、教えてください。
それでは、今後ともよろしくです。。
  1. 2005/11/04(金) 22:21:21 |
  2. URL |
  3. 舵 #3CL978/6
  4. [ 編集]

言葉足らずでした。

ごめんなさい。
『春の雪』が海外でも上映されるのではというのは、一般論で、確たる情報ではありません。
でも仮にそういう風になったとき、文化を異にする人が映画を理解する手がかりとして音楽の役割は大きいのではないかと思うのですが、『春の雪』のなかの音楽の使い方は、曖昧でちょっと誤解を生む可能性があるのではないかと懸念しているのです。
  1. 2005/11/05(土) 01:28:03 |
  2. URL |
  3. lunatique #KAqg7Yzw
  4. [ 編集]

なるほど。
そうでしたか。
でも韓国で上映されたように、他の国でも上映されたらすばらしいですね。
  1. 2005/11/05(土) 06:37:17 |
  2. URL |
  3. 舵 #-
  4. [ 編集]

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