le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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百人一首から映画『春の雪』を読み解く

行定勲監督の映画『春の雪』は、三島由紀夫の原作にはないさまざまなシーンを創作し、話のなかに挿入している。そうしたもののなかでもっとも成功しているものは、プロローグの百人一首のシーンではないかと思う。
和歌の世界を百人一首で代表させることそのものは、あまりにも短絡的で私は好まないが、この映画の場合、和歌の家としての朝倉家の歴史を短いシーンで象徴させるものとして、うまい導入だと思った。同時に、このシーンは、回想シーンが少ないこの映画のなかで、唯一幼い清顕と聡子が登場するシーンであり、清顕と聡子の恋心が幼い日にすでにめばえていた運命的なものであったということを的確に伝えている。
ところで、この百人一首のシーンでは、聡子の好きな歌として

  瀬を早み岩にせかるる瀧川の われても末にあはむとぞ思ふ

という崇徳院の歌が紹介され、後に、この歌(札)が映画のなかで重要な意味をもつことになるのだが、映画をみていてそれ以上に重要な歌があるのに気づいたので、ちょっとそれを記しておく。その歌とは、壬生忠見の

  恋すてふわが名はまだき立ちにけり

という歌で、映画のなかでは上の句だけがさらりと読み上げられ、そのまま崇徳院の歌に続けられる。しかしこの忠見の歌、実は下の句が映画『春の雪』にとって非常に重要で、そのために数ある百人一首の歌のなかから、この歌を崇徳院の歌の前に選んだのだと思った。もったいぶらずに忠見の歌の下の句を記しておこう。

  人知れずこそ思ひそめしか

  (恋をしているという私の名はすでに評判になってしまった、人に知られないようにあの方を思いはじめたのであったのだが…)

全体を通して読むと、映画『春の雪』のなかで、忠見の歌のもつ重要性、なんとなくおわかりいただけるのではないだろうか。と同時に、この重要な意味をもつ下の句を読みあげず、上の句によって暗示するだけにとどめた脚本の奥ゆかしさを私は買う。もちろん、その奥ゆかしさは忠見の歌の内容とも合致している。

ただし、映画のなかでの百人一首の使い方、もう一箇所はまったくいただけない。
新橋駅での清顕との永遠の別れの間際、なぜ聡子がそれまで清顕とばらばらにもっていた崇徳院の札をわたすという設定にしたのだろうか。たしかに、清顕に対する聡子の思いがある日突然生じたものではなく、聡子にとって清顕以外の男は存在しえなかったという気持ちはそれで明確になる。しかしそうして自分の思いを明確に伝えることと、すぐ後の出家、そして清顕と会うことをかたくなに拒む心理が、少なくとも私のなかではうまく結びついてくれない。それならば、清顕と聡子は思いがすれ違ったまま別れるという原作の設定の方が、聡子の現世からの超脱に結び付けやすいと思う。
それと、崇徳院の札によって聡子の真の思いを知るということは、清顕の次の行動(月修寺訪問)の意味をまったく違うものにしてしまう。つまり、原作の設定では、思いがすれ違ったままであるがゆえに互いの思いを最後に一度確認したいということになるが、映画では、聡子の思いを知ったのでいとしさがつのってもう一度あいたくなるというようにしかとれなくなる。
月修寺に行くためのお金を祖母から盗むのか(映画)、友達から借りるのか(原作)という違いも、ささいなようで簡単に見過ごすことはできない。それは、どうしても月修寺に行くという清顕の気持ちの純粋さにかかわることだからだ。
清顕と聡子の別れにいたるプロセスは、原作でも複雑に入り組んでおり、それをそのまま映像化するのが困難だったということは理解できるが、松枝家と朝倉家の会議に聡子が乗りこんできたり、聡子の月修寺行きがすんなり決まったり、そして清顕との最後の面会が許されず松枝家の執事の機転で偶然あえるようになるというような改変は、聡子の決意を通俗化し、かえってわかりにくいものにしてしまったように私には思われた。
そして、プロローグでは奥ゆかしかった脚本が、大詰めにきてその奥ゆかしさを捨ててしまったのが残念だった。

   *    *    *

ところで、映画はともかく、百人一首にはさまざまな謎が秘められていると指摘され、またそれについての解説も多いが、実は百人一首の成立はそうした複雑なものではないという考え方もある。
映画をきっかけに百人一首に興味をもたれた方、ぜひ↓ページにもアクセスを!
『後鳥羽院「人も惜し」歌の新たな文脈』
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テーマ:詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2005/10/31(月) 13:26:53|
  2. 映画
  3. | トラックバック:11
  4. | コメント:24
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コメント

春の雪

僕も『春の雪』、見ました。
僕が最も印象に残ったのは清顕の友人・本多の存在でした。
序盤、清顕が聡子と本多を恋仲にしようと画策しますけど、結局本多が聡子に想いを寄せているという決定的なシーンやセリフは一度も出てきません。
それは本多の視線の先にはいたのは、実は聡子ではなかったのではないことをにおわせているように思えました。そして後半、清顕を抱きしめながら言う『俺のことも信じてくれ。…俺はおまえの友だ。』という言葉に彼の想いのすべてがこめられていたように感じました。恥ずかしながら原作を読んでいないので勝手な想像ですが、僕にはそこに三島由紀夫が描きたかったもう一つの愛があったように思えました。
  1. 2005/11/01(火) 21:12:30 |
  2. URL |
  3. ヒロシ #L1ch7n1I
  4. [ 編集]

ちょっと修正

上の投稿の5行目ですが、

『本多の視線の先にいたのは、実は聡子ではなかったのではないか、ということをにおわせているように思えました』

の間違いです。変な書き損じをしてしまってすみません(^^ゞ。上の文では意味不明ですよね。
  1. 2005/11/01(火) 21:40:52 |
  2. URL |
  3. ヒロシ #L1ch7n1I
  4. [ 編集]

本多と清顕

ヒロシさん、こんにちは。本多役の高岡蒼佑、かっこよかったですね!
清顕と本多は、一見たしかにビミョ~な感じもしますけど(特に映画の方)、三島だからといってなんでも同性愛に結び付けるというより、まあ、普通の「お友達」と考えた方がいいのでは(*^_^*)。
東大法学部をめざす秀才・本多が清顕に惹かれたのはなぜかという点も小説『春の雪』の曖昧さの一つだと思いますけど、これは結局、清顕のお家柄に惹かれたということなんじゃないですかねえ…。
もっとも、お家柄と言ってしまえば、作品の舞台となる学習院には名門の子弟がたくさんいるわけですが、清顕は独特の風格をもつように描かれてますから。いわば、家柄の貴族性ではなくて、性格の貴族性ですね。ヴィスコンティが描く、滅びることを自覚した誇りのようなものといったらいいでしょうか(だから清顕は、自分の主義に殉じなくてはならないのであって、普通に病死してはいけないんです)。
それより、清顕・本多の関係でいうと、原作では二人はずっと「キサマ」と呼び合っているんですが、映画では「キミ・ボク」なのも、気にしだすと気になるところ…。
ともかく、原作の本多は、剣道ばかりのスポーツ青年ではなくて、それなりの内面をもち、『豊穣の海』四部作の狂言回しになる重要な役なんですが、映画の脚本は、内面的な部分を全部飛ばして清顕の引き立て役として描いてますね。『春の雪』をそれだけで完結した作品ととらえるなら、私はそれでよかったと思います。
  1. 2005/11/02(水) 09:32:45 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

音楽映画にも良い物がありますので、TBさせていただきます。
  1. 2005/11/02(水) 14:34:21 |
  2. URL |
  3. sea1900 #-
  4. [ 編集]

TBどうもありがとうございました。
  1. 2005/11/03(木) 01:15:28 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

歌の意味

TB&コメントありがとうございました。記事も読ませていただきました。「恋すてふ・・・」の句についてはなるほどそんな意味があったのかというのに驚きました。そうなんですね。確かに奥ゆかしさを感じます。「瀬をはやみ・・・」の句は他のドラマや小説で読んだこともあり、かなり直接的に愛を語っている句のように感じられたので、こちらの句の方が新鮮で心に響きそうな気がします。百人一首だけでなく、日本の歌には込められた想いみたいなものが隠されていたりするので、いいですよね。こういうところは日本の文化が素晴らしいと思えるところです。百人一首が映画にもう一度登場するところは僕は個人的には良かったと思います。やはり映画は観客に対して分かり易く伝えることも重要だと思うので。この映画は三島由紀夫の文学が原作なので分かりやすくするのは難しいのかもしれませんが(すみません。でも三島由紀夫の本は読んだこと無いんです。はは。)
こちらの詳しい考察?は楽しく読ませていただきました。
  1. 2005/11/03(木) 02:03:58 |
  2. URL |
  3. gopats #-
  4. [ 編集]

映画をとおして伝えられないもの…

行定勲監督は、『GO』のなかで、主人公・杉原(窪塚洋介)の親友・ジョンイルからのメッセージを結局謎のままに残し、彼が何を伝えたかったのか観客がと杉原と共に考えなくてはならないようなつくりにしてますから、作品をとおしてすべてを伝えてしまうのではなく、伝わらない(伝えられない)ものを残すということ、つねに考えながら映画を撮っているのでしょうね。
『春の雪』のなかの「恋すてふ…」の歌は、そんな役割を果たしているように思います。

三島の小説は、読んでしまうと私のように素直に映画にはいれなくなるかもしれないので、読んだ方がいいのか、悪いのかは難しいところだと思います。
  1. 2005/11/03(木) 17:20:11 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

昨日、偶然にこの映画のメイキング・春の雪~清顕と聡子の追想物語 を借りました。
見てのお楽しみですが、発見が在ると思われます。
  1. 2005/11/05(土) 01:11:13 |
  2. URL |
  3. sea1900 #-
  4. [ 編集]

発見情報

sea1900さん、こんばんは。
新しい発見がありましたら、またお教え下さい。
  1. 2005/11/05(土) 01:29:59 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

札の出会いと永遠の別れ

はじめまして。

新橋駅での清顕との永遠の別れの間際にばらばらに持っていた札を渡すという場面。僕はとってもいい場面だと思いました。というのも、あの場面を見たとき僕は次のように感じたからです。(きっと勝手な解釈でしょうが...なぜ)。
それぞればらばらに持っていた札をあえてあの場で渡す、そのことで「思い」は出逢ったのでしょうが、でも、その後もずっと「出逢」っていられるのなら、これからどこかへ旅立ってしまう時にわざわざ渡す必要なんてないはず。そんな時に渡すということは、「出逢った」けれど、もうこれを最後にこの世では会えない、ということを逆説的に表現したかったのではないでしょうか。お互いが離れて行ってしまう時に札を合わせるとはそういうことなのかな、と思いました。
こう考えると、豊饒の海4部作全体に流れている「輪廻転生」ってテーマにもつながっていくと思うし...
  1. 2005/11/10(木) 19:54:02 |
  2. URL |
  3. geji #SBLfmdQo
  4. [ 編集]

「春の雪」清顕と聡子の追想物語を2回、見終わりました。前半はあらすじで、後半は3人に焦点を当てて、まとめていました。これを見て思うのは、あくまでもこの作品が妻夫木君と竹内結子の「春の雪」である事でした。(当たり前ですが・・・)
TBさせていただきます。
  1. 2005/11/10(木) 23:21:36 |
  2. URL |
  3. sea1900 #-
  4. [ 編集]

ドラマチックの質

gejiさん、sea1900さん、コメントありがとうございます。
新橋駅のシーンは、映画だけとりあげればそれはそれでおもしろいと私も思うんですが、あまりにもドラマチックすぎて、三島的じゃないような気がしてしまうんですね。これは、聡子がなぜ出家するのかともからんでくる問題だと思います。映画『春の雪』を観てから三島の『禁色』を再読しましたが、この小説のなかで康子が最後に到達した心境、状況は違いますが聡子の心境ととてもよく似ていると思いました。
(このあたりのことは、コメントの小さいスペースではとても書き切れませんから、別の記事としてとりあげたいと思っています。)
この映画のなかの、演技の方向性も、そうした原作をドラマチックに仕上げるということと関係していると思います。
  1. 2005/11/11(金) 17:03:27 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

もう一首の歌

ところで、ブログ「大学生平凡ライフ量産型」のMAKOTOさんの『春の雪』の記事↓を読んで、私が思い出せなかったもう一首の百人一首の歌は、光孝天皇の「君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手に雪はふりつつ」だとわかりました。
http://luv2me.blog7.fc2.com/blog-entry-124.html
この歌が、「春の雪」を象徴しているというのはそれはそれでいいんですけど、これだとあまりに直接的で、なんのおもしろみも感じられませんね。
  1. 2005/11/11(金) 17:05:35 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

行定監督の創作シーン

lunatiqueさん、こんばんは。僕も「春の雪」見ました。

原作にはない創作シーンが多々あったなかで、月修寺を訪れた綾倉母子が門跡と共に、法華経の普門品を読誦するところが印象的でした。「念彼観音力」…なかなか巧みで魅せられました。

『豊饒の海』四部作の最後で綾倉聡子は、ある意味、色即是空にも似た境地にも到ると思われるのですが、それとの対比として捉えても興味深かったです。

あと(上のほうで出てきた議論ですが)三島の四部作を通して見ると本多は清顕に恋に似た想いを抱いていたのではないかとも感じます。
  1. 2005/11/12(土) 23:26:48 |
  2. URL |
  3. 俊右衛門 #BbzXVG4Q
  4. [ 編集]

三島の描く人間像

俊衛門さん、ようこそ。
月修寺のモデルになった円照寺↓
http://urano.org/kankou/kitayama/kitaya6.html
の山号は普門山ですから普門品(観音経)と縁が深いのかもしれませんね。本尊の如意輪観音はスクリーンにも鮮明に映し出されてましたし。
出家した聡子の境地は、私はストア的なアパテイアに近いものだと考えています。三島は、『禁色』でも女性にこうした境地を割り振っているのですね。ですからこれは恋の道を断念しての出家というより、三島独自の女性観のあらわれではないでしょうか。それゆえ、聡子の出家を過度に心理的なものとして説明する映画の描写、私は好みません。
本多の件も判断が難しいですが、これも同性愛的にはとらない方がすっきりするように私は思っています。
  1. 2005/11/13(日) 01:11:18 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

こんばんは。確か十一面観音について書かれていたと思いますが、ページが解りません。
どこだったか、教えていただけますか?
  1. 2005/11/14(月) 22:55:24 |
  2. URL |
  3. sea1900 #-
  4. [ 編集]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2005/11/15(火) 00:29:36 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

十一面観音のこと

sea1900さん、十一面観音については、次のページが便利で、十一の面もきちんと確認できます。
http://www.butsuzou.com/jiten/11men1.html
このブログでは、「行定作品と犬童作品の表現の違いはどこからくるか」
http://lunatique.blog20.fc2.com/blog-entry-46.html
などに、十一面観音のこと、少し書きました。
  1. 2005/11/15(火) 14:43:54 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

秘密のコメンターさん、コメントありがとうございます。
  1. 2005/11/15(火) 14:45:25 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

たでしなが、さとこにきよあきからの手紙を読ませた意味を教えてください
  1. 2007/02/09(金) 07:54:58 |
  2. URL |
  3. わたる #2esZFOjI
  4. [ 編集]

わたるさん、こんにちは。『春の雪』、細部のことはだいぶ忘れてきましたが、ご質問の蓼科が聡子に手紙を読ませたことの意味は、次の記事「三島に負けた?映画『春の雪』」のなかに書いた「聡子の父である朝倉伯爵の松枝侯爵に対する秘められた反感からくる倒錯的な復讐劇(朝倉伯爵の意をくんだ聡子付の侍女・蓼科の思惑)」ということで、いかがでしょうか。その辺、三島の小説はかなりくわしく書いているように思います。
  1. 2007/02/11(日) 22:20:09 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

おへんじどうもありがとうございました。
  1. 2007/02/13(火) 11:35:54 |
  2. URL |
  3. わたる #2esZFOjI
  4. [ 編集]

いやいや。。わかる人いますか?

それでも判らない事があります。

というのもたでしなは、手紙の内容を知らないはずです。電話でもきよあきに内容はわからないと言っていましたし。ましてや聡子よりも先にきよあきからの手紙を読むはずがありません。きよあきの家でも手紙は皿に入れられて執事が持ってきました。貴族なんですからいくらなんでも他人あての手紙をよむはずがありません。謎です。
  1. 2007/02/13(火) 13:18:07 |
  2. URL |
  3. わたる #2esZFOjI
  4. [ 編集]

すべてお見通し

わたるさん、研究論文の締め切り等でRESが遅れ、申し訳ありません。
考えると、『春の雪』のことを考えていたのが一年以上前なので細部は忘れてしまいましたが、少なくとも三島の原作小説によれば、清顕と聡子が互いを意識しだしてからの一連のことは、すべて蓼科が主導してすすんでいたように読めると思います。
それは手紙を読んでいたかとか、電話を盗聴していたかといった具体的な細かいことではなくて、清顕に会ったらこういうことをしなさい、こんな風に言いなさいと、うぶな聡子にすべて指導していたと思うのです(それが復讐の一部なんですね)。だから清顕の反応というのも、手紙なんか読まなくても蓼科にはすべてお見通しだったのだと思います。

ところで、復讐劇としてはまあそれでもいいんですが、『春の雪』を恋愛小説、心理小説として読もうとするとこの設定はすごく邪魔な感じがしますよね。でも私は、三島は最初から、この小説を心理小説にするつもりはなかったのだと思います。
  1. 2007/02/25(日) 10:25:10 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
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