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白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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市川崑『炎上』ーー三島の『金閣寺』を自由に読み替え

市川崑監督の映画『炎上』(昭和33年)をビデオでみた。三島由紀夫の小説『金閣寺』(昭和31年)を市川雷蔵主演で映画化した作品で、同年のキネマ旬報ベストテンで邦画部門の第4位に選出されている。
映画は、肝心の金閣寺からの映画化の許諾がなかったとのことで、原作の金閣寺を聚閣寺という架空の寺に代え、同時に、タイトルも『金閣寺』から『炎上』に変更して、撮影・公開された。金閣寺という名称が使えず、タイトルも『金閣寺』ではないからといって、作品が三島の原作から完全に乖離してしまったというわけではないが、映画は、三島が小説で準備したシチュエーションを借りながら、原作とは異なる意味をもった作品に仕上がっている。
またこの映画には、制作会社・大映も相当力を入れてのぞんだようだが、その結果当然浮上したカラー撮影の提案を、「私は炎の色があかあかと出るとかえってつまらないと思い、会社の反対を押し切ってモノクロで撮った。白黒の美しさを追求したかった」として拒んだというのは、市川崑の見識の高さを示すものというべきだろう(このエピソードはsea1900さんに教えていただいた)。

さて原作と映画の最大の違いは、映画は完全に犯罪心理を追う構成になっていること。映画の冒頭と最後が、主人公・溝口(市川雷蔵)が放火事件後に逮捕されてからのエピソードとなっているのが、それを明確に示している。
また原作は、放火後に主人公が「ポケットをさぐると、小刀と手巾に包んだカルチモンの瓶とが出て来た。それを谷底めがけて投げ捨てた。別のポケットの煙草が手に触れた。私は煙草を喫んだ。一ト仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った」(新潮文庫版、330頁)と述懐するところで結ばれているのに対し、映画の主人公は、放火後に自殺を試みたとされる。つまり、原作が、結果的には生きようとして放火する人間の話であるのに対し、映画は放火後に罪の意識から死のうとする人間の話である。したがって、放火にいたるまでのシチュエーションは原作も映画も同じように進行しながら、その意味付けはまったく異なることになる。かなり大胆な映画化ということになろう。
人物関係で原作と映画が大きく異なるのは、まず、原作で主人公の内面形成に大きな比重を占める二人の友人との交友および議論がかなり縮小されていること。これには、友人たちとの議論の内容があまりに観念的すぎて、映像表現に適していないという判断もあったようだ。それに代わって、映画では寺の住職(中村雁治郎)と主人公の母親(北林谷栄)の比重が非常に高く、全体の狂言回しのような役割を与えられている(この二人に関しては、原作にないシーンやセリフがかなり追加挿入されている)。
主人公が吃りであるという設定も、三島は、「吃りは、いうまでもなく、私と外界とのあいだに一つの障害を置いた。最初の音がうまく出ない。その最初の音が、私の内界と外界との間の扉の鍵のようなものであるのに、鍵がうまくあいたためしがない。一般の人は、自由に言葉をあやつることによって、内界と外界との間の戸をあけっぱなしにして、風とおしをよくしておくことができるのに、私にはそれがどうしてもできない。鍵が錆びついてしまっているのである。吃りが、最初の音を発するために焦りにあせっているあいだ、彼は内界の濃密な黐(もち)から身を引き離そうとじたばたしている小鳥にも似ている。やっと身を引き離したときには、もう遅い。なるほど外界の現実は、私がじたばたしているあいだ、手を休めて待っていてくれるように思われる場合もある。しかし待っていてくれる現実はもう新鮮な現実ではない。私が手間をかけてやっと外界に達してみても、いつもそこには、瞬間に変色し、ずれてしまった、…そうしてそれだけが私にふさわしく思われる、鮮度の落ちた現実、半ば腐臭を放つ現実が、横たわっているばかりであった。」(新潮文庫版、7~8頁)と、デリダのズレに関する議論を思わせるような記述を行いながらかなりの重点を置いているのに対し、こうした内面表現が困難な映画では、母親とのやりとりのなかで吃りの心的説明が行われるシーンがあるものの、放火事件との関連のなかでは副次的な役割に後退しているように思われる。
(三島の文章を引用しながら気がついたのだが、『吃りが、最初の音を発するために焦りにあせっているあいだ、彼は内界の濃密な黐(もち)から身を引き離そうとじたばたしている小鳥にも似ている』という一文は、これだけなぜ三人称になっているのだろうか。私には少し違和感がある。)
逆に映画は、戦後の寺院経営や観光の世俗化に対する主人公の内的反発を放火心理の背景として重視しているように思われ、燃える寺を目にした住職の「仏罰だ」というセリフが印象的だ。

ところで、映画化における原作の変更ということで気になっているのは、大学における主人公の友人として登場する人物(仲代達矢)の名前が、原作の柏木から戸刈に変更されている点(もう一人の友人は鶴川という名で、これは原作のまま)。友人の名前に関して寺の名前と同様のクレームがあったとも考えられないのだが、この改変にはどのような事情があったのだろう。ちなみに、柏木という名前は、『源氏物語』の後半に登場して物語を暗転させる柏木を連想させるのだが、戸刈という名前からは、そうした連想がはたらかない。三島に『源氏物語』への連想があったかどうか気になるので、映画化におけるこのささいな変更が、私には非常に気になるのである。

参考サイト『炎上』

付記1:三島は、自分の小説を自由に改変して映画化した市川崑の才能を非常に高く評価していたふしがある。昭和45年に書いたヴィスコンティの『地獄に堕ちた勇者ども』の評において、三島がこの作品と並ぶ映画史上の傑作としてあげているのは、市川崑の『雪之丞変化』(昭和38年)である。

付記2:『炎上』における市川雷蔵の演技を、三島は次のように評している。「君の演技に、今まで映画でしか接することのなかった私であるが、『炎上』の君には全く感心した。市川崑監督としても、すばらしい仕事であったが、君の主役も、リアルな意味で、他の人のこの役は考えられぬところまで行っていた。ああいう孤独感は、なかなか出せないものだが、君はあの役に、君の人生から汲み上げたあらゆるものを注ぎ込んだのであろう。」(『雷蔵丈のこと』、昭和39年1月)
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テーマ:映画 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2005/11/24(木) 12:09:34|
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  1. 2005/11/27(日) 21:29:13 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

初めまして☆

TBさせていただきました。
「炎上」は金閣寺さんから許可が下りなかったのですか。
でも、雷蔵丈が本の中で(実際は当時のファン向けた言葉)で
一番力を入れてと書いてますので、観ておきたかったです。
ちょっと残念です。
  1. 2005/11/30(水) 20:18:27 |
  2. URL |
  3. fortheday #-
  4. [ 編集]

forthedayさん、ようこそ。
雷蔵祭ですか、いいですねえ。私は市川崑の映画『炎上』と『雪之丞変化』でしか雷蔵をみたことがないので、歌舞伎役者としての彼がどんな感じだったのか、ちょっとイメージがわきません。でも、『雪之丞変化』の雷蔵(昼太郎)は、コミカルでとてもいきいきしていたという印象があります。
  1. 2005/12/01(木) 01:44:25 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

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