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白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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三島由紀夫作品と演劇(近松半二評とからめ)

この記事では、三島由紀夫の演劇観、特に近松半二に対する評価をチェックし、そのうえで、そうした演劇観が彼の小説の世界とどのように交錯しているかみてみよう。

   *    *    *

三島由紀夫の古典劇好きはよく知られているが、管見にはいったなかから、近松半二(1724年~83年)の芝居に言及した書簡や発言を抜き出してみる(一部は下方の記事と重複)。近松半二は江戸時代の人形浄瑠璃作者。スケールの大きな時代物で活躍し、代表作(一部は共作)に『奥州安達原』『本朝廿四孝』『妹背山婦女庭訓』『絵本太功記』などがある。人形浄瑠璃用に書かれた近松半二の台本は、他の台本同様、そのまま歌舞伎台本としても用いられ、半二の作品は歌舞伎でも重要なレパートリーとなっている(=丸本歌舞伎)。このため三島は近松半二の作品を歌舞伎として論じているが、ここでは文脈に影響はないと考える(人形浄瑠璃用に書かれた作品が歌舞伎に転用されたという事情は、「寺子屋」<『菅原伝授手習鑑』>でも同じ)。これらを読むと、近松半二に対する三島の敬愛は、十代から亡くなる直前まで一貫した非常に深いものであることがわかる。
また、三島作品のよき翻訳者(欧米への紹介者)であったドナルド・キーンとの出会いも、はじめは歌舞伎鑑賞をとおしてのものであり、キーンは、三島作品をすべて高く評価したのではなく、古典作品の現代作品への継承(キーンの場合はとりわけ『近代能楽集』における能)という観点から三島と接触し、主としてその観点から三島作品を海外に紹介している。この意味でも、三島の近松半二に対する敬愛は、重要な意味をもつものと考える。

   *    *    *

「「さがしていた本」と申せば、古本屋でやっと「近松半二戯曲集」をみつけ親の仇のようにむしゃぶりついてよんでいます。「のぞけば又も白狐の形、水にありあり有明月、不思議に胸も濁り江の、池の汀にすつくりと、眺め入りて立つたりしが…」とか「思ひにや、焦れて燃ゆる、野辺の狐火小夜更けて、狐火や、狐火野辺の、野辺の狐火小夜更けて、幾重漏れくる爪音は、君を儲けの奥御殿」とか、そういうつまらないような文句が、ふしぎに懐かしくて娯しい。こういうところは一寸理屈では申せません。」(『三島由紀夫 十代書簡集』<新潮文庫>、昭和18年3月17日付の東文彦への書簡)

中村 歌舞伎に関していうと、ぼくはお能は劇があるように思いますが、歌舞伎は劇というものじゃないんじゃないかね。
三島 必ずしもそうは言えない。「寺子屋」は完璧な劇だと思うよ。つまり、ぼくの考える劇というのは、普通の世俗の世界をこえる状況を一つ持ってきて、世俗的世界と対立させて、どっちが負けるかという対立の持ってゆき方、それが劇の本道だと思う。日本の芝居はみなやってます。「寺子屋」でもやはり主命というものがあって、絶対でしょう。どうしてもここで忠義のためには人の子供でも殺さなければならぬという状態が出てきて、時間が全部せっぱ詰まっていて、どうにもならないイネヴィタビリティがあって、その不可避性の組み立ては完璧です。
中村 不可避性ということなんだけれど、劇というものはやっぱり右へ行くこともできるし左へ行くこともできるということもあって、そこに主人公の意思が働いて、主人公の心理のなかである選択が行われるから、そこにその人のアクションというものがあるわけだね。そういうところにお客をひきずる共感みたいなものがあるようにぼくは思うんです。歌舞伎はイネヴィタビリティが非常に強い。だから自由意思というものはないんだ。ぼくがいったのはちょっとそういう浅薄な意味で劇がないというふうにいったんだけれど、劇がないから歌舞伎が悪いというふうには思わない。だけどイネヴィタビリティがあって、人間の意思がちょっと抜けていて、その先が形の美しさになっちゃう。それから音楽的な台詞の美しさとか、それがすぐ情緒へくる。見ていて涙が出たり…。
三島 それは二流の歌舞伎だよ。
中村 一流はちがいますか。
三島 「寺子屋」とか「妹背山」の<山の段>とかいうものは完全なそういう意味の劇で、自由意思の選択の意思が残されていながらイネヴィタビリティが働いてゆくようなものだと思う。自由意思では避けたいのだけれども、どうしても助けられないというところへひっぱられてゆくのが運命でしょう。舞台はそっちのほうへそっちのほうへと進んでゆきますね。それを作中人物がふっ切るというのがヨーロッパのロマンチック劇だ。(『対談・人間と文学』<講談社文芸文庫>217-9頁、昭和42年11月10日の中村光夫との対談)

「今日は歌舞伎座へ、幸四郎(大判事)、歌右ヱ門(定香)、延若(久我之助)、芝翫(雛鳥)の「妹背山 山の段」を見に行きました。役者はともかく、いつもながら近松半二の文学的香気の高さ、文辞の秀麗さと、昔の日本人の持つてゐた威厳に打たれました。この一段は、最高の文学的傑作の一つだと思ひます。」(『三島由紀夫 未発表書簡ーードナルド・キーン氏宛の97通』<中公文庫>、昭和45年9月3日付のドナルド・キーンへの書簡)

参考ページ(日本芸術文化振興会サイト内「歌舞伎事典」より):
『本朝廿四孝』
『妹背山婦女庭訓』
『菅原伝授手習鑑』

   *    *    *

さて、以上にみるような三島由紀夫の近松半二作品や「寺子屋」に対する敬愛ぶりを考えているうちに、たとえば『春の雪』の蓼科のエピソードは、近松半二の芝居などに頻出するどんでん返しの構造を真似たものではないかという気がしてきた。『本朝廿四孝』でいえば偽勝頼のエピソードがそうだし、なにより「寺子屋」のドラマツルギーは、どんでん返しそのものだ。
ただ、『本朝廿四孝』や「寺子屋」に比べると、『春の雪』のどんでん返しは、読んでいてびっくりすることはするが、それによって作品の奥行きが増すとは思われないのが難点ではないだろうか。たとえば、人形浄瑠璃・歌舞伎の古典である「寺子屋」は、大どんでん返しに驚くというより、ほとんどの人が、どんでん返しを知ったうえでそれがどう演じられるかを観にいく(たとえば松王丸が紫の鉢巻を締め始終咳込んでいるいることが、どんでん返しの後ではとても重要な意味をもつことになる)。これに対し『春の雪』のどんでん返しは、それによって作品の構造がうまく二重化し深みが増しているようには思われない。むしろ、蓼科のエピソードを知ってしまうと、それまでこと細かに書き込まれていた清顕と聡子の心理が、すべて蓼科によって操られていたもののように思えて無化されてしまう。これは小説としてとても大きな欠陥ではないだろうか。森茉莉は、おそらくその辺のところをふまえて、三島は「批評文と、戯曲に長じていたが、小説は理屈が前面に出ていすぎていた」(『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』)と批判しているような気がする。
ところで、『本朝廿四孝』や「寺子屋」は、構造として、観客をあっといわせるどんでん返しを先に思いついて、そのどんでん返しを中心に作品を組み立てたようなところがあると思う(西洋の古典であれば、ソフォクレスの『オイディプス王』を思い浮かべてもらってもいい)。演劇というジャンルではそうした作法が許されると思うのだが、小説で同じことをやると無理がでてくる。それは要するに、小説の場合、「作者も、読者と一しょになって、小説のなりゆき、小説の中の人物がどんなになって行くか、ということに引っ張られてゆくのでなければ、面白くもおかしくもない」(森茉莉『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』)というジャンルとしての特性からくるのではないか(話は違うが、美内すずえの漫画『ガラスの仮面』は、作者である美内すずえ自身が作品の結末や劇中劇である『紅天女』の内容を細かく考えずに書きはじめ、作品を書きながら全体の結末や『紅天女』の内容を考えているようなところがある。『ガラスの仮面』の読者は、いつまでも先延ばしにされる結末の不透明さを楽しんでいる。ジャンルは異なるが、これは、森茉莉のいう面白い小説の条件にかなっている)。これには、演劇と小説のもつ時間性の差異、観念性の強弱が関係してくるとは思うが…。
三島の場合、たとえば『音楽』もそうした演劇的な趣向中心の傾向のある作品だ。新潮文庫の作品解説のなかで澁澤龍彦が、『音楽』という作品は「一女性の深層心理にひそむ怖ろしい人間性の謎が、ついに白日のもとに暴き出されるまでの過程」を「あたかも推理小説のごときサスペンス」で描いているとするのも、結局、森茉莉の分析と表裏一体というべきではないだろうか。『音楽』を読むと、「謎解き」のプロセスそのものはエンターテインメントとして非常におもしろいのだが、「心の謎」があまりにもきっちりと解読されてしまうので、(作品が謎解きのおもしろさのために書かれたようで)逆に、作品構造の薄さ、人間心理へのアプローチの軽薄さが目立つように思われてならない。
三島の場合、『椿説弓張月』のような芝居だと、そうした作法は非常にうまくいってるわけで(この『椿説弓張月』という狂言は、新作の義太夫狂言として出色のものだろう)、小説、とりわけ長編ではそれがうまく作用していない。
「同性愛」や「右翼思想」という作品の表層をなすテーマから三島作品に迫るというのも、第一次的なアプローチとしては不可欠だと思うが、そこに留まっていたのでは、三島作品の深層や全体像には到達できないのではないだろうか。つまり、三島の場合特に、作品の表層構造(思想)が非常に観念的・抽象的で、一見三島に非常に近いところにあるように見えながら三島本人の身体性からほど遠いという事情がある(三島作品の仮面性、演劇性)。したがって、三島作品を分析するときには、作品の身体ともいえる作品構造を見据えたうえで、彼の作品がなぜそうした構造をもつのか考えていくことが大きなポイントとなるような気がする。
(この問題は、引用した中村光夫との対談のなかでの自由意思とドラマツルギーの問題ともからむものだと思う。)

   *    *    *

ちなみに、半二は儒学者・穂積以貫の次男で、作者部屋に入り「近松」姓を名乗ったもの。門左衛門と血縁関係はない。
半二のプロフィールに関しては、次のページ参照のこと。
近松半二~「兵庫文学館」サイト内
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テーマ:歌舞伎 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2005/12/18(日) 15:05:58|
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