le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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『潮騒』直後の三島の心境(奥野健男による)

『潮騒』公刊(昭和29年6月)直後の三島由紀夫の心境を推測して、奥野健男は次のように記している。

「三島由紀夫は、良識社会への復帰を試みた実験作『潮騒』がベストセラーになり、しかも第一回新潮社文学賞(今日の日本文学大賞)を受賞したことに、自己の才能への自信や安堵と共に、こんな見え透いた詐術に引っかかるほどやわな日本の読者と文壇とジャーナリズムに、のれんに腕押しのような感じを持ち、かえってそこで生活し創作して行くことの危機を感じたのではないか。ぼくは三島の中に日本の文壇や批評家やジャーナリズムに対する不信と軽蔑が生まれ、世界という国際社会に認められることを熱心に願望しはじめたのは、『潮騒』への主体性を欠いた無責任な讃辞、追随からではないかと思う。」(『三島由紀夫伝説』322頁)

ところで、三島のなかに自分と同じ戦中派世代の旗手を見いだし、『仮面の告白』を「自分が社会の優等生、社会的な上流階級の一員ではないと覚悟を決めた時から、異端者、異形の者として、現実の戦後社会を批判する自由を得た」(前掲書、253頁)画期的作品とする奥野は、『潮騒』が出た当時を振り返って、「書下ろしの小説『潮騒』を手にして唖然とせざるを得なかった。何か手ひどく裏切られた思いだった。これはいったい何なのだ。文部省御推薦の小説、いや国定修身教科書じゃないか。逆コースの波に乗った保守党政府や官僚が懸命に捲き返しを計っていた道徳教育にうってつけの副読本、いや教科書じゃないか」(前掲書、314頁)と感じたと記しているのだが、『潮騒』に関しては、私は奥野と評価を異にする。
というか、これは三島の十代作品の評価ともかかわるのだが、すでにたびたび書いているように、私は三島の十代作品を評価し、『仮面の告白』をそれからの逸脱と考えるがゆえに評価しない。ゆえに『潮騒』は、十代作品の路線を継承したものとして理解できる。
これに対し奥野は、十代作品では三島の本来的なものが抑圧されていたととらえ、『仮面の告白』を抑圧からの解放と位置づける。ゆえに『潮騒』は、解放以前への後退とみえてしまうのだ。
つまり、三島が十代作品→『仮面の告白』→『潮騒』と作風を変えたという事実認識において私は奥野と一致するが、作風変化の評価において奥野と完全に反対の立場をとる。それには三島が十代に書いた書簡が関係しており、これらの書簡を読む限り、十代の三島が、完全に自己を韜晦して小説を書いていたとは考えられない。しかし奥野が『三島由紀夫伝説』を執筆した時点では三島の東文彦宛書簡も清水文雄宛書簡も公刊されておらず、十代の三島を知る手がかりがほとんどなにもなかったという資料的制約の問題がある。おそらく、これらの戦中の書簡を読んでいれば、戦中の三島作品に対する奥野の評価は大きく変わっていたのではないか。
ということで、私は奥野健男と『潮騒』の評価を異にするのだが、その社会的評価に対して三島が不信を感じたという奥野の推測には賛成である。
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  1. 2005/12/25(日) 18:27:12|
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