le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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奥野健男の『金閣寺』論をめぐって

『三島由紀夫伝説』(新潮社、1993年)における奥野健男の『金閣寺』論、論点のなかに以前の記事で書いた私の分析とほぼ同じ趣旨のものがあり、我が意を得たりと思うと同時に、自分だけのオリジナルな見方だと思っていたものがすでに別の人が指摘していた見解だということでがっかりしたりもしている(笑)。なにはともあれ、以下に奥野の『金閣寺』論の要旨を紹介してみよう。

   *    *    *

まず『金閣寺』が執筆、公刊された昭和31年前後の文壇の分析から。
昭和30年の文学界のできごととして奥野が重視するのが、坂口安吾の死(2月)と石原慎太郎のデビュー(『太陽の季節』、7月)。この二つのできごとは、「戦後乱世の終りを告げる象徴的な事件」(前掲書、335頁)とされ、また三島にも大きな影響を与えたと奥野は推測している。
そのうえで、『太陽の季節』の出現に端を発する動きを、奥野は、「谷崎潤一郎の『鍵』、室生犀星の『杏っ子』、宇野千代の『おはん』、平林たい子の『砂漠の花』、円地文子の『女坂』、井上靖の『氷壁』、深沢七郎の『楢山節考』、原田康子の『挽歌』など老大家から新人まで、いっせいに芸術至上主義的な文学が花咲いた」(前掲書、345頁)と総括し、その動きと三島の『金閣寺』を、「この昭和32年へかけての文学情況の転移ーーつまりキリスト教的倫理的批評家佐古純一郎が『文学はこれでよいのか』と<朝日新聞>で声高く抗議の声をあげるような非倫理的、唯美的、快楽的な文学情況への転移を、『金閣寺』による文壇の三島由紀夫観の飛躍的変貌が先駆的に象徴していたのだ。ぼくはこの潮流の変化を正当だと思う。戦後十年余、平和の続く中に文学はようやく倫理性、思想性、社会的有効性偏重から本来の文学性芸術性を尊重する平常状態にもどって行ったのだから。そういう意味で、『金閣寺』は戦後文学史の流れの中で、ひとつのエポック・メーキングな役割をはたした作品と言えよう」(前掲書、345頁)と結び付ける。

しかしこれはあくまでも文学情況全般の分析であって、奥野は、「ぼくは『金閣寺』を力作、問題作として重視するが、三島の最高傑作とする意見には与し得ない」(前掲書、345頁)という。それはなぜか。奥野は続ける。
「この作品は昭和25年7月に起った金閣寺放火事件を題材にしている。その意味では女子大学生殺しを扱った『親切な機械』や光クラブの学生社長をモデルにした『青の時代』などと共に『金閣寺』も臼井吉見名付けるところの社会ダネ小説ということができる。そしてこの三つの事件が何れも三島と同年代の戦争、敗戦の体験を経て来た青年特有の犯罪であることも共通している。三島はこれらの青年の心の中に、自分と同じ戦争、敗戦による傷口を、異常な精神現象を見出したのであろう。しかし『青の時代』に見られるような傷ついた青年の社会への復讐というような快感もないし、『親切な機械』のような人間への倒錯した愛情もない。金閣寺を焼くという犯罪は、およそ人間的同情をひかない愚劣な犯罪である。その後よく起った爆弾事件の犯人と同じく人間性が欠けているが、爆弾事件の犯人のような政治的思想的意図もない。中村光夫がいちはやく指摘したように素材それ自身で読者をひきつける魅力がなく、殺人が心理的犯罪であるのにくらべ、放火はいわば物理的犯罪に過ぎず、しかもこの放火にはそれを宥すべきものにする人間的動機がまったく欠けているのだ。つまり小説の主人公にならない、小説の主人公にすべきではない人間を主人公に選んでいる。」(346頁)

上掲引用最後の部分、「殺人が心理的犯罪であるのにくらべ、放火はいわば物理的犯罪に過ぎない」という点は、「金閣寺放火は自然法上の犯罪ではない」という私の『金閣寺』分析の論点②「金閣寺放火は犯罪か?」とほとんど同じであり、私もまったく賛成である。
奥野は、さらに次のようにも指摘する。
「ぼくには三島由紀夫が金閣寺放火犯人の青年僧侶に内面的親近感を抱いたということにある異常さを感じるのだ。敗戦後、いわゆるアプレゲールの青年として世間から指弾され続けたぼくたちの世代は、戦後の青年の犯した事件に密かに内的共感を抱くことが多かった。暴動はもちろん強盗、強姦、親殺し、教師殺し、上役殺し、そして光クラブでも女子大生殺しもそうであった。しかし金閣寺放火にだけは何の世代的共感もおぼえなかった。かなり綿密に新聞記事を読んでその動機をそんたくしてみたが、共感をおぼえようがなかった。ただの愚行であり、うじうじした偏執狂の見当違いの嫉妬、というより完全に凶人の意味のない行為として、ただ腹立たしかった。もっともぼくは金閣寺が焼けたことに、法隆寺の金堂が焼けたような衝撃や怒りは感じなかったが。それは金閣は写真を見ても、本物を見ても、どこが素晴しいのか、美しいのか、ぼくには少しもピンと来なかったからだ。何か寒々としたこけおどかしで貧弱な建物としか思えなかったから、その焼失をさほど惜しいとは思わなかった。」(346-7頁)

三島と同時代人(一歳年下)の人間の発言であるだけに、奥野の分析は、『金閣寺』が公刊された当時の受け止め方の一つを明らかにするものとして大きな意義をもつと考えるが、それは同時代的な反応というに留まらず、『金閣寺』公刊後約40年を経た現在でも有効な指摘なのではないだろうか。
さて、以下は奥野健男の『金閣寺』論の核心なのだが、この辺になると、過剰分析というか、過剰な心理主義を感じて私にはついていけない部分がある(『三島由紀夫伝説』全体を通じて、奥野の作品分析はあまりにも心理主義過剰だと思う)。
「ぼくは三島由紀夫が『金閣寺』を書きながら、主人公の「私」の世界にのめりこんだはてに、精神分裂病の発病に近い体験を持ったのではないか、あるいは主人公をかつて自分が体験したが意識してはいない精神分裂病に近い自己の心情によって描いたのではないか、少なくともぼくは『金閣寺』の後半に何かこの世にない切迫した異常さを予感するのだ。多くの精神病学者が言うように、この時、三島由紀夫は精神分裂病になった、あるいはそれに近い状態を体験したのではないかと、ひそかに疑いたくなることさえある。しかしここにおいて三島由紀夫はノヴァーリスやヘルダーリンのごとく精神分裂病による自己の全人格の崩壊を、世界の終末として表現する壮大な詩的表現を行っていない。ただ金閣という一国宝を焼くだけである。小さな限定される崩壊体験にとどまっている。もちろん三島由紀夫は抑制の意志力が極めて強い人間である。また分裂症気質の人間は、一方においてはきわめて明晰であり合理主義的であり、思考は病的にますます冴えて鋭くなるのが特徴であるから。ぼくはこの時期、ボディビルによって肉体を逞しく改造した時期、つまり『金閣寺』を書いていた時期を境に、三島由紀夫は怪物になった、普通の人間を超える何かに変身したという感じが強い。」(前掲書、353頁)

はたして『金閣寺』執筆時の三島は「精神分裂病の発病に近い体験を持った」のであろうか。私はそうは思わない。また仮に三島がそうした体験をもったとして、そのような体験をダイレクトに記した作品を直ちに失敗作と断定することができるのだろうか。いみじくも奥野自身が指摘しているように、ノヴァーリスやヘルダーリンなど、そうした体験から生まれるすぐれた作品もあるのではないだろうか。要するに、この辺の奥野の記述は非常に混乱していると思う。
三島が自己の内部の破滅へのデスペレートな心情を、たとえば『みのもの月』(昭和17年)のなかに記していたことはすでに指摘した。したがって、金閣寺に放火したいという心情は、隠された情念や異常心理といったものとは異なると私は思う。また『金閣寺』の叙述のすべてを執筆当時の三島の精神状態や肉体的条件に帰する奥野の分析は、『金閣寺』以前の作品と『金閣寺』を結び付けて考えることや、執筆に際して存する外在的理由を考えることを封じてしまうのではないだろうか。奥野の分析は、『金閣寺』の本質に迫りながらも、肝心のところでその本質からそれてしまったというしかない。
それはそれとして、『金閣寺』を書くにあたり(奥野のすすめで)三島がミンコフスキーの『精神分裂病』などを読んでいたという指摘は興味深かった。主人公溝口が吃りであるという設定は、「内界と外界とのあいだに障碍があり、その扉がさびついて、スムーズに交流できない。したがって自分にとっては現実は新鮮な現実ではなく、変色した腐臭を放つ現実である」(前掲書、351頁)という感覚と結びつくのだが、この感覚はすなわち、現象学でいうs'entendre parler(自分が話すことを自分で聴く)であり、これまた現象学の鍵概念の一つである「ずれ」ともつながっている。実際、『金閣寺』のなかで三島は、ずばり「ずれ」という言葉を用いてその違和感を表現している(「外界の現実は、私がじたばたしているあいだ、手を休めて待っていてくれるように思われる場合もある。しかし待っていてくれる現実はもう新鮮な現実ではない。私が手間をかけてやっと外界に達してみても、いつもそこには、瞬間に変色し、ずれてしまった、…そうしてそれだけが私にふさわしく思われる、鮮度の落ちた現実、半ば腐臭を放つ現実が、横たわっているばかりであった。」<新潮文庫版、7-8頁>)。このあたりは三島の鋭いところというべきだろう。
しかしそうであれば、溝口の吃りは、身体的障碍といっても溝口の友人柏木の内翻足とは同一視できない問題のはずなのだが、三島自身によって当初明確に世界認識の問題としてとらえられていた吃りが、しだいに内翻足と同じような物理的障碍やそれからくる精神のゆがみとしてのみとらえられ、柏木の論理が溝口を圧倒していく。このため、溝口は吃りであったがゆえに金閣寺に放火したのか、柏木の論理に圧倒されたがゆえに金閣寺に放火したのか不明確になってしまうといわざるをえない(奥野は、溝口が金閣寺の住職に恨みを持つにいたる心情は理解できるが、それが金閣寺の放火につながるのは理解できないとする)。『金閣寺』の叙述に問題(論理的不整合)があるとすれば、やはりこの辺ではないだろうか。

さて奥野の分析、続き(結論部)を読んでみよう。
「今までもっとも嫌悪し忌避して来たタイプの人間を主人公にし、しかも「私」という一人称で自己を仮託し、しかも同一化までする。ぼくはここに三島由紀夫の作家として、社会人としてのはじめての自信と、その自信に支えられて、過去の自己の内部を洗いざらい、もっとも秘密の部分、自己の隠された本性、自己のもっとも嫌な気質を、この陰湿な狂人に仮託して暴露し、分析し、訣別しようというなみなみならぬ決意を見るのだ。その決意は『仮面の告白』で少年時の同性愛的傾向を告白するに劣らない勇気と決断を要したと考える。(中略)三島由紀夫は、『金閣寺』において、はじめて自己のいやな気質を告白し表現しながら、思想的文学的に昇華しそれを焼き滅ぼすことによって新しい現実との共生を、救いを願ったのだろう。過去の自己は死に、新しい自己が誕生することを。過去の自分をもっとも美しく劇的に葬りたかったのだろう。しかし余りに主人公の溝口の心情にのめり込み、自分の気質の罠に自らもはまってしまった。その結果が、自らも発病しかねないような狂的な異常な論理、心理で支配される暗澹とした不気味な『金閣寺』をつくりあげた。」(前掲書、354-5頁)

ここまで断言しながら、奥野は「『金閣寺』が文学作品としてすぐれたものか、失敗作かの評価は、ここでは下すまい」(前掲書、355頁)としているのだが、それは言葉のあやに過ぎないだろう。奥野が『金閣寺』を評価しないのは明確だ。
引用文を読むと、その理由は三島が主人公の心情にのめり込み過ぎたという創作心理に帰するように読めるのだが、問題はそう単純でもないように私には思える。
三島作品に限らず奥野が評価するのは、「勇気と決断」をもって作家の内面を表出した作品であり、『金閣寺』にそうした「勇気と決断」の痕跡はない。つまり『金閣寺』に限らず、三島は本質的に自己の内面を表出しない作家であり、したがって三島は、本来であれば奥野的な評価基準にはひっかかることのない作家といえよう。それがたまたま奥野の関心をひいたのは『仮面の告白』がある種の勇気と決断をもって書かれたように読めるからなのだが、この作品を規準にして判断すると他の三島作品はことごとく自己を韜晦して書かれたか狂気の状態に陥って書かれた失敗作ということになってしまう。
『金閣寺』という作品はたしかに混乱していると思うが、それ以上に、奥野健男の『金閣寺』論は混乱しているのではないだろうか。

   *    *    *

以上、奥野健男の金閣寺論を簡単にたどってみたが、『金閣寺』という作品が、三島を周辺にいて三島を評価した評論家にとっても位置づけの困難な作品であるということが理解していただけたのではないかと思う。われわれは、『金閣寺』は戦後の日本文学を代表する古典であるという予断から作品にアプローチするのではなく、『金閣寺』という作品が書かれた原点に立ち返って、これを詳細に読んでいくことが必要なのではないかと思う。

参考記事『三島由紀夫『金閣寺』ーー美学も犯罪論も不在の奇妙な犯罪小説』
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テーマ:本の紹介 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2005/12/31(土) 00:12:25|
  2. 文学(人と作品)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

年の瀬

ご無沙汰しております、ヒロシ@BEHAPPYです。

このブログを拝見させて頂くたびに思うのですが、
lunatiqueさんは、文学にとても造詣の深い方なんですね。尊敬してしまいます。
僕は文学系の本って、高校生時代の課題図書以来ほとんど読んでいないので、お恥ずかしい限りです。

そういえば最近、『春の雪』公開の影響か、
本屋で三島由紀夫のコーナーができているのをよく見かけますよね。
これを機に何か読んでみようかな…と思い、聞いたことのある『鹿鳴館』を早速購入しました。
中身を見ないで買ってしまったんですけど、
これって戯曲なんですね。全編セリフ調ってことで、読みやすいので、自分にあってるかもしれません(笑)。

さて今年も残すところあとわずかとなりました。
僕のブログは今年の8月に始めたばかりのキャリアの浅いブログでしたが、
リンクを貼っていただきありがとうございました!
来年もよろしくおねがいします。

それでは良いお年を!
  1. 2005/12/31(土) 09:55:36 |
  2. URL |
  3. ヒロシ #L1ch7n1I
  4. [ 編集]

おめでとうございます。

ヒロシさん、明けましておめでとうございます。
私の場合は、造詣というより、いろいろ食い散らかしているだけですから(笑)。
今年も、どうぞよろしくお願い致します。
  1. 2006/01/08(日) 22:22:35 |
  2. URL |
  3. lunatique #KAqg7Yzw
  4. [ 編集]

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