le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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種村季弘最後の自選エッセイ集

筑摩書房から、昨年亡くなった種村季弘さん最後の自選のエッセイ集『雨の日はソファで散歩』が出た。

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内容は次の四部に分けられている。

Ⅰ 西日の徘徊老人篇
Ⅱ 幻の豆腐を思う篇
Ⅲ 雨の日はソファで散歩篇
Ⅳ 聞き書き篇

手にしたばかりで、まだ読んでいないのだが、この本を編集した桑原茂夫さんのあとがきが胸にしみる。

「本書は、今は亡き種村季弘さんが生前自ら編んだ、最後のエッセイ集である。
 病状が予断を許さなくなってきた2004年春ごろから、種村さんの教え子であり、種村さんを敬愛してやまない高山宗東さんが、同じ思いの齊藤靖朗さんとともに、本格的に編集に取り組んできた。種村さんの指示のもと発表紙を遺漏なきよう収集し、順序を整え章分けをし、あらためて種村さんがそれをチェックするという作業を何度か繰り返すことによって、その全体像を確かなものにしていった。
 近世文化の研究者としてすでに種村季弘さんの執筆活動をバックアップしてきたこともある高山宗東さんと、自らの意思で種村季弘さんの著作にかんするデータを整理し、読者に開示・提供するホームページを開設した齊藤靖朗さんは、病気で入退院を繰り返しながら執筆活動にいそしむ種村さんにとって、十分信頼できる心強い存在だったと思う。
 2004年8月8日、静岡県三島市にある病院の一室で、私は窓際の小さなテーブルをはさみ種村さんと向かい合った。編集者としてはじめてお会いしたときから三十数年を経ていたが、気構えをあらためての対面となった。種村さんは、自分が亡きあとのさまざまなことについて、淡々と指示、あるいは望むところを語るのであったが、このエッセイ集にかんしては、すでに構想を固め高山さんたちに委ねてあるので、出版にかかわるもろもろの作業を進めてほしいということだった。
 あくまでも淡々と話す種村さんだったが、このエッセイ集はもとより、どの仕事についても、そのひとつひとつに、いとおしむような、いつくしむような気配を感じさせる語り口が、生死の境に臆することのない、つよい意志を感じさせ印象的だった。
 それから間もない8月29日、種村さんはご家族に看取られながらお亡くなりになった。種村さんご自身の強い遺志で、当面はその事実を公表することなく、密葬がとり行われた。その後も、少なくとも一年間は、葬儀に類するようなことはしないこと、その間はもちろん、その後もご家族をわずらわせるようなことは一切しないことという遺志は守られ、やがて一年経つ。
 その一年間に本書の編集作業は比較的ゆったりと進められた。(中略)
 以上のようなわけで、すべては種村さんの遺志を受けて編集であり刊行であるはずなのだが、はたして種村さんが「おっ、よくできたね」とよろこんでくれるかどうか、ちょっと心配ではあるけれど、読者諸賢にあたたかく迎えられれば、それで十分ということにすべきだろう。(後略)」

種村さんをしのびながら、じっくり読んでみたい。

(桑原さんのあとがきのなかに登場する、齊藤靖朗さん管理のサイト「種村季弘のウェブ・ラビリントス」のURLは次のとおり。http://www.asahi-net.or.jp/~jr4y-situ/tanemura/t_index.html
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  1. 2005/08/25(木) 15:32:18|
  2. 新刊紹介
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