le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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「夢はむすばず」ーー藤原良経と千五百番歌合

すぐ下の記事の『新古今和歌集』恋歌ベスト10で撰んだ藤原良経(『小倉百人一首』では後京極摂政前太政大臣として知られる)の歌が気になったので、その周辺を少し調べてみた。
この歌は、後鳥羽院主宰で三十人の歌人が参加した空前の歌合「千五百番歌合」(建仁元年=1201年に企画。三十人の歌人が各百首、計三千首の歌を提出し、それを左右千五百番の勝負としてつがえた)の折に詠まれた歌である。さてこの良経の百首歌(「院第三度百首」)を、彼の歌集『秋篠月清集』で読み返してみると、全体的にこれが良経の作かとおどろくほど低調だ。ためしに、この「院第三度百首」と直前の「院初度御百首」(正治二年=1200年)の冒頭の十首(春歌)をならべて抜き出してみる。

「院初度御百首」
久方の雲居に春の立ちぬれば空にぞ霞む天のかぐ山
吉野山ことしも雪のふる里に松の葉白き春のあけぼの
春はなほ浅間の嶽に空さえて曇る煙は雪けなりけり
春日野の草のはつかに雪消えてまだうら若きうぐひすの声
都人野原に出でて白妙の袖もみどりに若菜をぞ摘む
梅の花うすくれなゐに咲きしより霞いろづく春の山風
氷ゐし池のをし鳥うち羽ぶき玉藻の床に小波ぞ立つ
霜枯のこやの八重葺ふきかへて蘆の若葉に春風ぞ吹く
唐衣すそ野の雉子うらむなり妻もこもらぬ荻の焼原
常磐なる山の岩根にむす苔の染めぬ緑に春雨ぞ降る


「院第三度百首」
おしなべて今朝は霞の敷島や大和諸人春を知るらし
落ちたぎつ岩間打ち出づる泊瀬川初春風や氷とくらむ
吉野山雪ちる里もしかすがに槇の葉白き春風ぞ吹く
時しもあれ春の七日の初子の日若菜摘む野に松をひくかな
鴬のはね白妙に降るゆきを打ち払ふにも梅の香ぞする
妻恋ふる雉子なく野の下蕨したに燃えても春を知るかな
野も山も同じ緑に染めてけり霞より降るこのめ春雨
わたの原雲にかりがね波に舟かすみてかへる春の曙
津の国の難波の春の朝ぼらけ霞も波も果てを知らばや
更科やをばすて山の薄霞かすめる月に秋ぞのこれる


テンションがまるで違うのがおわかりいただけるのではないだろうか。要するに、「院第三度百首」は、明らかにダレた歌がならんでいるのである。
ところで、「院初度御百首」と「院第三度百首」以外の良経の百首歌は、すべて良経がみずから企画して定家ら他の歌人に唱和させたものであるのに対し、この両百首が後鳥羽院によって召されたものであることに、前関白・兼実の息子である良経は強い屈辱を感じたのではないだろうか。初度はともかく第三度ともなると、その屈辱感が強くなり、おざなりな歌だけを提出したとしか思えない。
千五百番歌合の企画が進行中の建仁二年(=1202年)に政敵・源通親が急死して良経は摂政に任じられるが、良経自身も、建永元年(=1206年)春に三十八歳の若さで急死し、「院第三度百首」以降百首歌は詠んでいない。したがってこの「院第三度百首」は、結果的に良経最後の百首歌になってしまっている。彼が長生きしていたらその後どうなったかはわからないが、歌壇の主人公が自分から後鳥羽院に移ったことで、千五百番歌合以降、良経は歌をつくる意欲をなくしてしまったのではないだろうか。
ちなみに、良経の伯父・慈円の「院第三度百首」もちょっとおかしい。本歌取といえば聞こえはいいが、要するに百首歌すべてを『古今集』の古歌のパロディでとおしていて、まともな歌は一首もない。これは後鳥羽院の命に形式的にはしたがったものの、その要請に応じて本気で歌を詠む意志がないことを示したものではないかと思われる。

良経の「院第三度百首」に戻ろう。
凡庸な作が多いなかで、前に引いた「わが涙」の歌のほか、

身にそへる其の俤も消えななむ夢なりけりと忘るばかりに (恋)
浮き沈み来む世はさてもいかにぞと心に問ひて答へかねぬる (雑)


などの歌が光っており、この二首は『新古今集』にも採られている。ただ、この両首、

わが涙もとめて袖にやどれ月さりとて人のかげは見ねども

の歌と同様、玲瓏とした美といったありきたりのものをとおりこしてどこかしら不気味な感じのする歌だ。しかし、「院第三度百首」の百首のなかの真骨頂は、冬歌中の

嵐吹く空に乱るゝ雪の夜に氷ぞむすぶ夢はむすばず

ではないだろうか。嵐の雪の夜に氷が結ぶことはあっても、それ以上に凍てついた心の中で自分の夢はもう結ばない。同時代にも以降にも、これはちょっと類のないものすごい傑作だと思う。
しかしこのすさまじい歌は『新古今集』には採られなかった。あまりにも冴え過ぎて、勅撰集に入れようがないと判断されたためだろうか。しかし良経にとって、自分の歌が勅撰集に採られるか採られないかはもうどうでもいいことだったような気がする。

【参考】九条良経(「千人万首」サイト内)
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テーマ:詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/01/16(月) 14:25:45|
  2. 和歌および古典文学
  3. | トラックバック:2
  4. | コメント:2
<<贋物の英雄譚ーー『青の時代』(三島由紀夫) | ホーム | 『新古今和歌集』恋歌ベスト10 >>

コメント

こんにちは。
いつも読ませていただいてます。
嵐吹く~、すごい歌ですね。
もう、時代とか背景とか吹っ飛ばしてしまいますね。
感動のあまりコメントしてしまいました。(笑)
  1. 2006/01/16(月) 23:22:22 |
  2. URL |
  3. naocco8 #-
  4. [ 編集]

さらっと詠む

naocco8さん、ようこそ♪
「嵐吹く」の歌、そういう風に受けとめていただいて、紹介した甲斐があります。
いわゆる新古今時代の歌も、『新古今集』に載っていない、もっと言えば『百人一首』に載っていないとほとんどの人が素通りしてしまうのですね。
藤原(九条)良経はもっと知られていい歌人だと思いますし、なかでもこの「嵐吹く」の歌は、すさまじいというかなんというか、ちょっと形容のしようがない傑作ですよね。
良経の歌というのは、さらっとしていて迫力があるのです。
『新古今集』の巻頭歌(勅撰集の巻頭に撰ばれるのは当時大変な名誉!)も良経の作ですが、これなどは良経のさらっと詠みあげるという特徴がよくでたすごく良い歌だと思います。

み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春はきにけり
  1. 2006/01/17(火) 14:40:45 |
  2. URL |
  3. lunatique #KAqg7Yzw
  4. [ 編集]

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  1. 2006/01/16(月) 16:21:53 |
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それは、この方です。天智天皇 あきのたのかりほのいほのとまをあらみわがころもではつゆにぬれつつこの歌はとても有名ですね。
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