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白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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三島由紀夫「社会ダネ小説」のルーツ

 三島由紀夫の『青の時代』(昭和25年刊)に関連し、評論家・奥野健男は、『三島由紀夫伝説』(新潮社、1993年)のなかで、これは「社会ダネ小説」であるという主旨のことを書いているのだが、この点に関して私なりに少し思うことがあるので、記しておきたい。

 奥野健男の文章の引用、まずは三島の「社会ダネ小説」に対する評価。
「芸術至上主義者、古典派、唯美的とのみ思われがちの三島由紀夫は、現実に対し、社会に対し、時代に対し、意外なほど旺盛な好奇心を持っていた。そして足で歩き、徹底的に取材しよく調べて書く小説家であった。観念的に唯美的な宇宙を想像力によってつくりあげる作家ではなかった。彼の空想、想像力は官能的なものに限られていて、観念のイメージの殿堂を想出する詩人的能力はなかった。フィクションは必ず現実の事実によって築きあげられていた。夢想に耽り、幻想に遊べる詩人ではなく三島由紀夫は醒めた目で現実を見つめ、分析せずにはいられない散文作家であった。しかし社会ダネと言っても、三島由紀夫が興味を抱く事件は、戦争、敗戦を自分と共に通って来て、心に深い虚無を、いやされがたい空洞を抱く同年代の青年のかかわる事件に限られていた。昭和24年と言えば下山事件、三鷹事件、松川事件など国鉄労組をめぐる奇怪な事件が続発した年だが、三島はそういう政治的事件には目もくれず、女子大生殺し、光クラブなどの非政治的な青年の犯罪に注目する。『青の時代』を書きはじめた昭和25年7月、金閣寺が青年僧の放火により炎上する。三島は恐らく、ここにもまた同時代の同類の青年を発見し、この時から胸中にあたためていたに違いない。」(前掲書、251頁)
 奥野は、三島作品のすべてを評価しているわけではないのだが、三島が社会や時代に対して好奇心をもち、それを題材として小説を書いたことそのものは高く評価しいてることが、以上の文章からよくわかる。この評価の背景には、三島以前の日本の近代小説(純文学)が、社会とのこうした関わり合いを意図的に避けてきたということがあげられるが、奥野の文章から次にその問題を指摘した部分を引用する。
「『金閣寺』が戦後文学の傑作という評価を得るまでは、三島の”社会ダネ小説”は日本の文壇、純文学世界からの抵抗は甚だ強かった。それは日本の文壇の社会とは隔絶した私小説伝統のためだが、おなしなことには私小説とは違うプロレタリア小説も風俗小説も、社会ダネ、新聞を賑わせたような事件を題材にして、小説をつくることは稀であった。歴史小説はさかんだが、現代の事件を小説化することは、通俗的なこととして避ける風潮があった。明治初年、新聞の発刊にともない『鳥追阿松海上新話』とか『高橋阿伝夜叉譚』など毒婦や犯罪事件を合巻本の手法で興味本位に描いた実話小説の流行、また紅葉の『金色夜叉』、蘆花の『不如帰』などのモデル小説の大当りなどが頭にあり、自然主義文学以後の作家は、こういう社会ダネ的な事件を小説として扱わないことで、前代の合巻本的戯作文学、通俗小説とは違うことを示そうとした。そのような風潮が、大正、昭和、そして戦後と日本の純文学に続いていたのだ。
 スタンダールの『赤と黒』、フローベルの『ボヴァリー夫人』、ドストエフスキーの『悪霊』などの西洋の名作が、いずれもアップ・トゥ・デートな新聞の社会ダネをヒントにして、作者がそこに自己の思想や心情を仮託して書いた小説であり、しかもそのような方法が西洋の近代小説の常道であるのに対し、日本の近代小説は社会ダネを題材にすることを卑しみ避けて通る。そのことが日本の小説を、特殊な芸術至上主義と身辺日常的な私小説世界に小さく閉じ込め、活力を失わせる結果になっていた。」(250-1頁)

 以上の文章を読むと、三島の「社会ダネ小説」を評価しながら、奥野健男は、その発想の原点を結局西洋小説に求めているように思われるのだが、たしかに西洋近代小説の影響は無視できないものの、私はそこにもう一つのルーツを付け加えたい。といってもそんなに特別なものではなく、三島のなかで「社会ダネ小説」は、明治初期の小説を一気に飛び越えて、江戸時代の近松門左衛門の戯曲(人形浄瑠璃、歌舞伎)の世界をつぐものとして構想されたのではないかということだ。
 三島が近松半二の戯曲を高く評価しているということは、この掲示板でもかなり重点的にみてきたが、意外なことに大近松といわれる近松門左衛門の作品への言及はほとんどない。これは人形浄瑠璃や歌舞伎に親しんでいるものであれば誰でも知っているし高く評価しているので、門左衛門のことを特別にとりあげるまでもないということかもしれないが、半二を主題とする文章まで書いていることからすれば、いいさか奇異な沈黙という感じもする。ただ、半二に対する三島の傾倒が意識的・戦略的なものだったとすれば、門左衛門の影響はなかば無意識的なものだったのではないだろうか。
 私は、三島が半二に学んだものは作品全体の構成法ではないかと思うのだが、これに比較すると、門左衛門からは主題の選び方を学んだのではないかという気がする(非常に単純化していえば、半二は大がかりな「時代物」を得意とし、門左衛門は市民生活をストレートに描いた「世話物」を得意としていたので、世界が重ならない)。スタンダールやフローベールをまつまでもなく、門左衛門は「新聞の社会ダネ」になりそうな実話を選んでは、作品のなかに取りこんでいった。彼の作品は、そうしたアクチュアリティーと生々しさをもっている。そしてそうした主題を選ぶときに、社会的な話題といっても政治事件は避けられ、市井の人間の生き方に直結するものに限られていたという点でも三島の作品と共通している。
 三島の「社会ダネ小説」が現実社会との関わり合いのなかから生まれてきたのは事実だろうが、これらの作品を現代性という視点からのみとらえるのではなく、その一見非常に現代的とみえるものが実は古典の血を受け継いでいるのだということも、少し考えてみる必要があるのではないだろうか。

【参照】「三島由紀夫作品と演劇(近松半二評とからめ)」(当ブログ内)
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