le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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「美」とは?ーー藤原定家の歌の大胆さ、新しさ

藤原定家の和歌、ここまで連作歌を中心にしていろいろ取りあげてきた。それは、定家の和歌が、一首の和歌(作品)として完成している(それ自体が一つの即自的な世界を構成している)ものでありながら、同時に、あくまでも連作のなかの一首として、個々の和歌が提示している作品世界とは別の世界の構成要素の一部であり、定家の和歌を味わうということは、単に一首の和歌を味わうにとどまらず、連作全体に対する視点が不可欠だといいたかったからだ。したがって、「南無妙法蓮華経」の歌がとりわけそうであるように、連作ということを考えながら定家の歌を読んでいくと、通常の意味での「歌の意味」ということは言えないということになっていく。
以上のことは、定家の歌の多くが連作としてつくられているということからの帰結なのだが、連作の問題をとりあえず凍結して、一首ずつの和歌を取りあげた場合にも、今度は「本歌取り」の問題がたちはだかってくる。周知のように、本歌取りとは、一首の和歌を味わうときに先行する和歌を思い浮かべたうえで、それと比較しながら目の前の和歌を味わわなくてはならないという方法論だ。ここでも、「作品それ自体の意味を探る」という行為は明確に否定される。
作品とはオリジナルなものでなくてはならないという「近代芸術論」からは否定的にとらえられがちな本歌取りの技法であるが、それは、連作歌という仕掛けと相俟って、個々の作品(和歌)が意味構成体として周囲の世界から完全に独立しているのではないということを明確に示すための積極的な方法であるととらえなおされなくてはならないと思う。

以上のことを前提としたうえで、この辺で、藤原定家の和歌に関する記事のとりあえずの結びとして、定家の歌を二首とりあげて、私なりに分析してみたい。
まず一首目。

見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕暮

この歌は「二見浦百首」のなかの一首で、『新古今集』にもとられ、ともに「秋の夕暮」で終わる寂蓮の歌(さびしさはその色としもなかりけり真木たつ山の秋の夕暮)、西行の歌(こゝろなき身にもあはれはしられけりしぎたつ沢の秋の夕暮)とともに「三夕(サンセキ)」の歌として有名である。ただし、寂蓮、西行の歌が感動の対象が明確で「解りやすい」歌であるのと対照的に、一見平明な定家のこの歌は、何を詠み込んだのか、定家が何に感動しているのかはっきりせず、古来、傑作、愚作の議論が激しく戦わされてきた。つまり、この歌を字面どおり単純に読めば、秋の夕暮れの浦のとまや(浜辺の草屋)の周囲には、ぐるっと見わたしても花もなければ紅葉もないということになる。それだけのことであり、それだけのことでしかない。言葉の解釈としてはそれで終わりだ。
しかしである。言葉の解釈としてはそれで終わりでもそれでは「詩」の解釈にはならない。だからこの歌にはもっと別のなにかあるはずだ、というところから「歌」の解釈がはじまる。その辺の議論、塚本邦雄氏が『定家百首 良夜爛漫』(河出書房新社、1973年)のなかでうまくまとめているので、ここではまず塚本氏の説を紹介しておきたい。
「甲論乙駁を綜合して、桜も紅葉も見られぬ海辺の侘しい風景を、ことさら言外に愛でる心、即ちそこに余情があると解するのが、最も常識的でかつ穏当な方法であろうが、さらに一歩進めて、そのような美さえ空しいと突き放つ、冷やかな美学を想定して然るべきであろう。」「近代に入ってから、ここに詠まれた情景が実景の写実的表現か、あるいは心象風景の象徴的表現かについて論争まで行われているが、結果的にも無益なことであり、狭義の写実主義にわざわいされた俗論として前者の解はかえりみる要もない。そしてそういう俗論や合理主義的な評釈の立ち入る隙もないところでこの一首の成立していることが、とりもなおさず定家の、さらに言うならば新古今一巻の存在理由なのである。」(上掲書77-9頁)
ところで、歌の解釈としては、以上の塚本氏の考え方でも充分なのであるが、私としては、この和歌を、侘びしさや余情、さらには非在の美を歌ったものというだけにとどめたくはない。
つまり、この歌が定家最晩年の歌であるならば、以上のような解釈も許されるであろうが、塚本氏がいみじくも指摘しているように、この歌は文治二年(1186年)定家25歳の折に詠まれた、いわば定家の創作活動の出発点に近いところに位置する作品なのである。
したがって私は、この歌を、世の人が一生懸命詠み込もうとする桜、紅葉に代表されるようないわゆる「美」を、私は自分の作品のなかには詠み込まないという、定家の高らかな宣言の歌と読む。もちろん、定家はここでただちに、いわゆる「侘び・さび」を良しとしているのではあるまい。そうではなくて、美は華やかさのなかにあるという考え方も、華やかさを取り去った「侘び・さび」のなかにあるという考え方もともに否定して、美とモノのありようにはいかなる関係もないということを主張したかったのだと思う。

次に二首目。

久方のなかなる川のうかひ舟いかにちぎりてやみを待つらむ

この歌は、建仁元年(1201年)の後鳥羽院主催の千五百番歌合の企画に応じた百首中の作。
冒頭「久方の」は、通常、空、雲、光などの言葉にかかる枕詞。ここでは「月」という意を含んで、月の中の川から言外に桂川が導き出される。したがって上の句の「意味」としては、「桂川の鵜飼船よ」ということになり、それを複雑に言ってみたということになる。ここまで定家は、枕詞という約束事の効果(特定の言葉との結びつきが強いので、特にその言葉を出さなくても読み手にある言葉を連想させることができる)をフルに使って、読み手の教養をためし、あらためて枕詞の世界を強調する。
しかし、下の句にはいり、「いかに」という疑問詞が出てきたところから歌の調子は一転する。第四句は、「どのような前世からの契りで」というほどの意味だが、この疑問の提示によって平坦な歌が波立ち、すべての解決は第五句になだれ込む。つまりこの第五句で、定家は、自分でたてた「どのような前世からの契りで」という疑問を解決すると同時に、歌の冒頭から宙吊りにされてきた「久方の」という枕詞が結びつく対象を提出して、歌を終わらせなくてはならない。
ところがである。ここで定家が出してきた言葉は「闇」。「桂川の鵜飼船よ、どのような前世からの契りでお前は(殺生をするために)暗闇を待っているのか?」歌の意味を問うならばそれでいい。それで充分だ。しかしこうした意味を宿した歌のなかで、定家は古典的な枕詞の世界に含まれていた約束事を否定し、結果的に、それまで誰も使ったことのない「闇」という言葉と結びつくものとして「久方の」という枕詞を用いているのだ。この否定の大胆さ(規則は破るためにある!)。そしてそれに気が付けば、上の句のもってまわったようなくどくどした表現は、この大胆さを際立たせるためにこそあったとのだと理解できる。そしてまた、この修辞は歌の表層的な意味に還元され、「闇」の世界をもう一度強調する。
私は、この修辞的な大胆さこそ定家の真骨頂の一つだと思う。そしてこの大胆さは、最初に取りあげた「見わたせば」の歌で示された宣言への見事なこたえにもなっている。月が美しいのでも闇が美しいのでなく、美は言葉とともにあり、言葉とともに生まれてくる。そのとき言葉は、つねに新しくなくてはならない。
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テーマ:脳を鍛える - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/02/24(金) 15:31:14|
  2. 和歌および古典文学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5
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コメント

よく分かりました

 定家の歌の解釈、しみじみとよく分かりました。ありがとうございます。うれしいです。
  1. 2006/02/27(月) 21:53:41 |
  2. URL |
  3. kobanto #MF9oAZGM
  4. [ 編集]

シュールな歌人

kobantoさん、こんにちは。
定家の和歌というと、普通、幽玄だとか、有心だとか、余情だとか、そんなわけのわからない高尚なことばかりいわれますけれど、私はすごいシュールな歌人なんだと思ってます。
それと、彼の場合、やはり言葉に対する感覚とテクニックが、同時代人からも、続く歌人からも段違いに卓越している。
「久方の…」の歌なんか、最初に披露されたとき、満座がどよめいたんじゃないでしょうか。私にはそんな光景が見えるような気がします。

   *    *    *

ところで、実は定家の歌をいろいろ読んでいるうちに、平安時代末から鎌倉時代にかけて、なぜこういう人が出てきたんだろう、もしかすると、この時代に関する自分の見方は完全に間違っていたんではないかということから、私はこの時代のこと全般についての勉強をはじめたんです。
つまり定家の時代というとちょうど鎌倉幕府設立期で、普通に考えると、朝廷は政治権力を失い、新しいものを生み出す力をなくしていたような気がするんですが、実は、危機の時代であるだけに、朝廷の周辺から新しいもの(文化、宗教等)がどんどんでてくるんですね。『新古今』も、単なる古い朝廷文化の集大成じゃなくて、新しい朝廷文化を内外に誇示しようというところからでてきた発想だと思います。
定家に関しては、もし少しでも興味がでてきたようでしたら、私の「読み」をそのまま鵜呑みにするというより、ご自分で定家の歌を読んでみることをお薦めします。
  1. 2006/03/01(水) 08:02:32 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

定家との出会い

lunatique様、私は 韓国で博士論文のテーマとして定家を研究している人です。とりあえず読み感じは感動でした。本で得られないポイントが分かるようになったような気がします。ありがとうございました。
  1. 2006/04/24(月) 15:38:42 |
  2. URL |
  3. 安修賢(定家学人) #fNVViyQY
  4. [ 編集]

ようこそ♪

安修賢さん、ようこそ。
このブログの記事が、安修賢さんの研究に少しでもお役に立てばうれしいです。
それにしても、日本人ですらもはやきちんと読む人が少ない定家を韓国で研究するというのはすごいですね。
安修賢さんが、どんな観点・関心から定家に興味をもっておられるのか、今度、ぜひおきかせ下さい。
  1. 2006/04/26(水) 01:12:46 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

承認待ちコメント

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  1. 2009/05/16(土) 11:42:53 |
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