le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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三島由紀夫のペンネームの由来に関する逸話

三島由紀夫のペンネーム、昭和16年に三島(平岡公威)の小説『花ざかりの森』が雑誌『文芸文化』に掲載されることが決まった折、伊藤左千夫を思い浮かべながら、打ち合わせの場所(修善寺)に近い「三島」の地名とユキオという響きを組み合わせて決められ、後に「由紀夫」という表記に定まったというのは有名なエピソードだ。
ところでこの「ユキオ」という名前が直接何(誰)に由来するのかは必ずしも明らかでないのだが、東文彦の父・季彦氏は、エッセー集『マンモスの牙』(図書出版社、昭和50年)のなかで、ユキオという名前は東文彦の小説『幼い詩人』(昭和15年)の登場人物の一人「悠紀子」から採ったのではないかと推測しているという(このエッセー集、私は未読)。
昭和16年前半の三島の東への傾倒からすると、絶対とはいえないものの、ありえない話ではない。ただし、三島の書簡を読むと『幼い詩人』という作品への評価は必ずしも高くないことが気になるが(自決する覚悟を決めた三島が、東文彦作品集の刊行に力を注ぎ、亡くなる一ヶ月前に序までしたためているというのは、東文彦に対する三島のおもいがなみなみならないものであったということの一つの証ではある)。
ちなみに、『幼い詩人』のなかで、悠紀子は次のような魅力的な考え方をする女性として描かれている。

   *    *    *

 急に喋舌りだした悠紀子を、俊輔は初め不思議さうに眺めたけれども、直ぐに一緒に明るい気持ちになつてしまつた。俊輔の目には、悠紀子のこの時の晴れやかな美しさが、神秘的に輝いて見えた。
 ーーいきなりつて、どんなものを描きたいんですか。
 ーー出来やしないの。あたしには出来ないつて分かつてるの、だけど、出来たらどんなにいいだらうと思ふと、描きたくてたまらなくなるの。
 ーーそれぢや何を描いてもいいんですか。
 ーーいいえさうぢやないの。あたしが描きたいと思ふことが、そのまま描けなくつちやいけないの。それがね、普通の静物や景色や人物ぢやないの。そんなものを描くのが、当り前かもしれないけれどね。あたしの本当に描きたいのは、そんなものぢやないの。
 ーーそれぢや何を描きたいんです?
 ーーあたしね。見て描くんぢや嫌なの。頭の中に浮んだまんまを、そつくり描いて見たいの。例へばね、月の光を描きたいの。
 俊輔は驚いた。言葉だけを聞いてゐると悠紀子はまるで、熱に浮かされてゐるやうだつた。けれども、思はず俊輔の目が悠紀子の顔に行つたとき、彼は又その瞳にうたれてしまつた。一点の塵もない、美しい少女の瞳だつた。
 ーー月の光と云つてもただね、水にうつつたりしてゐるのは嫌だわ。それなら上手に描いた人も沢山ゐるんですもの。あたしの描きたいのは、電燈で一ぱい光つてゐる綺麗な街の月夜なの。電燈が目のさめるやうに光つてゐても、一寸した暗い蔭を選んで忍び込んで来る、月の光があるでせう。蒼いやうに、揺れて見えるやうな光なの。  (『東文彦作品集』261-2頁)
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テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/02/26(日) 22:14:59|
  2. 文学(人と作品)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<「封印された星★展」を観る | ホーム | 『東文彦作品集』を読む>>

コメント

大変
面白いというのとは微妙に違って
為になるというのとも微妙に違って
何とも的確な言葉でによる表現が不可能な
微妙に不思議で魅力的な文章でした。

三島に関する文章は、
単行本も含めて、これまで
かなりのものを目にしてきましたが
それらのどれにも類似するところのない
清清しい文章でした。

このような文章を書ける人に
奥ゆかしさを感じました。
  1. 2006/03/18(土) 12:59:53 |
  2. URL |
  3. 野分 #-
  4. [ 編集]

「俊輔」

野分さん、コメントありがとうございます。「奥ゆかしい」とか書いていただくととてもこそばゆくてRESがつけづらいのですが、でも、とてもうれしいです(それに、なにせポツドールの記事を書いたばかりですし<笑>)。
さて、私の三島論がいろいろな三島論と違うとすれば、基本的に私は、三島は好きではないというところから出発しているからでしょうね。昔から、三島の作品は、どうしても好きになれなくて、映画『春の雪』が公開されたのをきっかけに、それがなぜかを確認するためにまた三島を読みはじめたのです。今でも三島作品はあまり好きではありませんが(笑)、それは彼の書き方に問題があると思うからです。
文学でも、映画でも、音楽でも、日本の芸術論(芸術批評)はあまりにも観念的で、メソッドがしっかりしていない作品でも、イデーがいいからというそれだけで評価されることがありますね。私はそれでは芸術はいつまでたっても良くならないと思います。
ただ、そんなことで読みはじめた三島作品ですが、いろいろ読み進めていくうちに、三島がなぜそうしたメソッドをとったのか(そうしたメソッドしかとれなかったのか)は、私なりにわかってきたように思え、作品とは別に、三島という人にはある共感を感じています。三島のペンネームの由来に対する私のこだわりも、実はそんなところからきています。
ところで、このペンネームの由来、東文彦作品の悠紀子によるといえるようないえないような、微妙なところがありますが、それとは別に、(熱心な三島ファンであればすぐに気づくことだと思いますが)三島の『禁色』の狂言回し檜俊輔の「俊輔」という名前は、東の『幼い詩人』の俊輔からとったのではではないでしょうか。ちなみに、私の引用をお読みいただば一目瞭然ですが、こちらは用字まで同じです(「俊輔」という人物は、東文彦の別の小説にも登場し、つねに、東の分身的な役割をになわされている登場人物です)。
東文彦の「俊輔」と三島の「俊輔」の最大の違いは年齢(一方は幼い詩人であり、一方は老大家)ですが、その程度の変更は当然で、にもかかわらずどちらも「俊輔」というのは、三島はここで、東文彦が造形した俊輔を、戦後の文壇に別のかたちでいかしてみたかったのではないでしょうか…。
今、そんな観点から、『禁色』をもう一度読み返してみたいと思っているところです。
  1. 2006/03/19(日) 22:38:12 |
  2. URL |
  3. lunatique #tmBa20pk
  4. [ 編集]

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