le monde lunatique

白銀色の月光を浴びて、狂ってしまったのは世界?それとも私?

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レジュメの反響

12月に行った浄土教団関係の研究報告のレジュメを、中世の仏教教団等について残存遺物中心に考古学的な立場から研究しておられるM渕さんにお送りしたところ、宗教の発生の機は何か、宗教体験とは?など色々考えながら興味深く読んだという主旨の丁寧な手紙を頂戴しました。うれしいですね。
私の研究方法はあくまでもテクスト中心なのですが、そのとき、テクストの意味や内容に注目するというよりも、テクストがどのような経緯で書かれたかというテクストの特性・構造といった部分に注目することが多いので、考古学的研究と重なる点も多く、考古学系の研究者の方には教えられることが多いのです。
M渕さんは、報告のなかの①概論(神秘主義としての浄土仏教)、②法然教団の専修性、④親鸞教団の部分が特におもしろかったと指摘してくださり、早く論文にするようにとも書いてくださっています。
とても励みになります。

テーマ:仏教 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2007/02/03(土) 09:40:21|
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共訳の合意

昨日の記事の最後に書いたMさんとの初顔合わせ、とてもうまくいき、ある本の翻訳(共訳)のこと、完全に合意に達しました。
共訳といっても、大学で美学(哲学)を教えておられるMさんと一介の個人研究者に過ぎない私では、正直いって世界が全然違うのですが、共訳は、それぞれの持ち味をいかして、とりあえず訳は私が主体となってすすめ、註、参考文献紹介、ディスコグラフィー作成といった細かい作業は、Mさんが責任をもつということになりました。
話を終えて帰るとき、私は史学科のCさん(私は、浄土教団研究のなかでCさんの論文を引用している)のことを思い出し、ご挨拶をと思って研究室をノックしたのですが、事前のアポイントもなかったのに、Cさんは私を快く迎えてくれたばかりか、待っていたMさんに、あらためて、私とは懇意にしているからと紹介してくれました。
これでMさんと初対面の緊張も完全にとれ、なにか、共同作業がスムーズに行きそうな雰囲気になりました。
縁というのは、ほんとうに不思議なものですね。
共訳のことが合意に達したといっても、すべての作業はこれから。あとはひたすら翻訳あるのみ。
(とはいえ、その前にまず浄土教団研究の研究ノートを仕上げないと!)

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  1. 2007/02/01(木) 12:24:11|
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スタイルが語る

すぐ下の記事で書いている芸術表現におけるスタイルのこと、毎○新聞の記者にはとてもわかりにくいようで、知人になんどもくりかえし質問していました。それはようするに、芸術的ということと職人的ということの対立の問題でもあったのですが、知人は、とあるメッセージ等を直接表現する「芸術的作品」に対し、そうしたものをストレートにはめざさない「職人的作品」もあることを主張し、自分はその「職人的作品」を支持するということを強調しているのですね。
このことそのものは、たとえばブレッソンの映画などにも通ずる問題で、ブレッソンは、直接的な「主義・主張」といったものを作品から徹底的に排除しようとし、その主義・主張の排除ということが、ある意味でブレッソンの「主張」になっている(ちなみに、知人もブレッソン映画が大好きで高く評価しており、ブレッソンのことは、ふたりのあいだてよく話題になります)。主義・主張の徹底した排除の背景に、ある積極的なメッセージがこめられているといった作品が存在するのだということ、肩肘をはった自己主張だけが芸術表現のすべてではないのだということ(トリュフォーは、ブレッソンの『バルタザールどこへいく』を「気負わない映画」といってとても高く評価してますね)を理解するのに、毎○の記者はとても苦しんでいるようにみえました。というか、彼女は知人の本を読んだときに、おそらく直感的にそのことを感じ、でもそれを自分で言葉にするのがとても難しくて、インタビューを申し入れてきたのですね。ですからこのインタビューは、彼女にとっての自己確認でもあって、だから彼女は異様に緊張していたのだと思います。
まあようするに、「スタイル」もしくは「日常性」というのは、作品のなかで言語等による直接的な主張を行わないときに大きくクローズアップされてくる問題で、ブレッソン作品は、スタイルそのものがメッセージ性をもっている典型的な例ですね。
(だったら、そんなまわりくどいことはやめにして、直接メッセージを伝えればいいという考え方もあるとは思いますが(笑)、知人なんかは、そうした直接的メッセージはその場限りのものでなにか弱いところがあると考えているのですね。)
インタビューでは、そんなところから、「日本的表現」ということも話題になったのですが、ブレッソン作品をみればわかるように、これは日本的とか西欧的といった問題でもないし、またエロティシズムを論ずるときに、これを必ずセクシャリティーやジェンダーと結び付けなくてはならないといった単純な問題でもないということで、かなりつっこんだものになりました。

さて、今日は、とある本を一緒に訳そうとメールで話し合っている人とはじめてお会いします。私からすると、その本でも表現の「スタイル」は大きな問題の一つで、彼には、このブログでも紹介しているブレッソン『バルタザールどこへいく』をめぐっての浅沼圭司さんと品田雄吉さんの対談のコピーをお送りしてあります。
一緒に訳そうという本のこと、ブレッソンのこと、スタイルのこと、どうなるかとても楽しみです。
(ちなみに彼の専門は美学で、クレーの作品と芸術活動をとても高く評価しているようです。)

【参照】
「ロベール・ブレッソンの作風をめぐって 1」
「ロベール・ブレッソンの作風をめぐって 2」

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  1. 2007/01/31(水) 13:08:38|
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報告終了し、原稿依頼

昨日行った浄土教団についての研究、おかげさまで大好評でした。私が報告させていただいた研究会では、毎年会報を発行しているのですが、報告終了後、おもしろい報告でいろいろな人に知らせたいので、報告内容をまとめて、会報に『研究ノート』として寄稿して欲しいという依頼もいただきました。小さな疑問からはじまった研究が、ここまで評価していただけるというのは、ほんとうにありがたいことです。

   *    *    *

ところで、報告前の26日、毎○新聞から知人へのインタビューがありました。
昨年末、知人が、これまで書いたさまざまな文章をまとめてエッセー集を出したのですが、それがとてもおもしろいので、著者インタビューをして、それを紙面に掲載したいというのです。これも、とてもありがたいお申し出です。
この本の編集作業は私も少しお手伝いしましたから、そんな縁で毎○新聞のインタビューにも立ち会わせていただいたのですが、記者の方は、知人のエッセー集を隅の方まで丁寧によく読んでいて、とても内容のあるインタビューになったと思います。
話題はエロティシズムとは何かといったことや文章や芸術作品におけるスタイルとは何かといったことが中心でしたが、たとえばエロティシズムを問題にするに際しても、興味本位のものではなく、インタビューをとおしてその本質を掘り下げようとするとても真摯なものでした。また、ふだん取材慣れしているはずの新聞記者が、緊張したおももちで、一語、一語、慎重に言葉を選びながら質問してくるのも、聴いていてとても心地よかったです。

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  1. 2007/01/28(日) 14:08:16|
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研究者のあるべきすがた

12月に行った私の浄土教団に関する研究報告、M氏の先行研究を直接批判しており、また今週末に予定されている報告でも、M氏批判が核になる予定なのですが、儀礼上、そのM氏に12月の報告レジュメをお送りしたところ、折り返し丁寧なメールを頂き、非常に感激しています。
M氏からのメールの主旨は、「12月の研究会報告レジュメ、お送りいただきありがとうございました。教学面と宗教受容者のがわと両側面から検討を加え、今までの研究史の批判的検討の上に立って、浄土信仰の解明に意欲を燃やしているlunatiqueさんの研究の内容がよくつかめました。宗教が日常の社会の中に大きく根を下ろしていて、政治・社会・経済と不可分の関係にある中世社会の解明には宗教面からのアプローチは不可欠と信じて疑いません。研究会の成果を踏まえて論文として発表されることを願っています。よろしくお願いいたします」というもの。あいにく今週末は、M氏は別の研究会への参加があらかじめ決まっており、私の報告には立ち会えないとのことですが、私のこざかしい批判を許容してくださったM氏の度量の広さには、研究者としてのほんとうの姿をみる思いがしました。
M氏のメールにこたえる意味でも、M氏の研究はきちんと批判しなくてはいけないと、責任の重大さを感じています。

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  1. 2007/01/22(月) 13:16:46|
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